第四章 決戦前夜 第十七話
椅子から立ち上がることすらできなかったボルガが最後にできた動作は「見る」ことだけだった。明確な殺意を抱いた歩兵が長槍を振りかぶる動き、その槍が自分へ向かって飛んでくる様子、槍が自分の体に深々と突き刺さる瞬間、ボルガはその全てを見つめていた。腹に鈍い痛みを感じた瞬間、ボルガは口からおびただしい量の血を吐き出した。
最期の瞬間、ボルガは少し笑った。何故笑ったのか。それはボルガの命を奪ったワイバニア兵にも、ボルガ本人にも分からなかった。
腹部を長槍で貫かれたボルガは前のめりになって椅子から崩れ落ち、絶命した。
ほどなくして、両軍の将にボルガの死が伝えられた。
「そうか・・・・・・ボルガが逝ったか。・・・・・・第一軍団はこのまま敵陣を突破して側面攻撃をかける。陣形を魚鱗の陣へ。一気に突き崩す!!」
ワイバニア第一歩兵大隊にくぎづけになっている巨兵大隊を除いたヴィヴァ・レオ直率の兵力9,000がハイネらワイバニア第一軍団本隊を守るワイバニア第二、第三歩兵大隊に殺到した。
9,000対2,000。4倍差の兵力ではあったが、通常のレベルの軍団であるならば、十分に時間稼ぎできるだけの実力をワイバニア軍は持っており、事実、ヴィヴァ・レオの軍勢ですら防ぎきっていた。
しかし、ヴィヴァ・レオが突進力と機動力に秀でた騎兵を前にした魚鱗の陣に転じたとき、その均衡は一気に崩れた。ハイネが用意した重厚な防御陣は崩壊し、ヴィヴァ・レオはその勢いを殺すことなく、ハイネの本営に突撃していった。
「軍団長!第二、第三歩兵大隊、突破されました!!」
「何だと!?今、側面をつかれれば、我々とて壊滅は免れんぞ!!」
伝令の報告にエルンストがいち早く反応した。戦力を集中したヴィヴァ・レオに比べ、ハイネはその兵力を分散して運用しており、形勢は極めて不利だった。しかも、現在、ヴィヴァ・レオはハイネ率いる本隊の側面をつく形で移動しており、ハイネは絶体絶命の危機に陥った。