第四章 決戦前夜 第十話
星王暦二一八三年六月十三日、ワイバニア帝国軍はアーデン要塞前面に布陣した。ワイバニア軍の前方には要塞を背にしたヴィヴァ・レオ指揮のメルキド混成軍団一万五千が展開していた。
「先鋒は第一軍団、後衛は第十二軍団とする」
軍議が始まり、開口一番、皇帝ジギスムントは言い放った。ジギスムントの一言に軍団長達は色めき立った。
「お待ちください。陛下。敵はメルキド公国の最強軍団、しかも要塞を背に布陣しております。二個軍団と言えど、破るのは困難を極めるかと愚考いたします。何卒ご再考ください」
親友を死地に追いやるかのような過酷な命令に第三軍団長のシラーが皇帝に翻意を求めた。だが、皇帝は冷笑を浮かべてシラーに言った。
「愚考だな。シラーよ。メルキド最強の軍団が出てきたと言うのであれば、こちらも最強の軍団を出すだけのこと、それとも、お前はワイバニアの兵がメルキドよりも弱いと言いたいのか?」
「いえ、そのようなことは……」
皇帝の言葉に返す言葉のなかったシラーは押し黙った。横目で親友が論破された姿を見たハイネは席を立ち上がると、わざとらしく皇帝に跪いた。
「先鋒は武人の名誉。ハイネ・フォン・クライネヴァルト、メルキド軍を撃ちやぶってごらんにいれます」
「お、おい……ハイネ」
「よくぞ言った。クライネヴァルトよ。ワイバニア最強の名にふさわしい戦いをせよ」
「は、龍の旗に誓って!」
心配そうなまなざしを向けるシラーをよそにメルキド攻撃の陣容が決定されていった。
「第一、第十二軍団は直ちに出撃、他の軍団長は別命あるまで待機せよ」
皇帝ジギスムントの号令に一同は席を立ち、敬礼した。事実上一人で2万の軍勢と戦うハイネは我先に軍議の場を後にした。
「ハイネ!」
軍議に使われたテントを出たハイネはシラーに呼び止められた。
「お前、一人で大丈夫なのか? 相手はあのヴィヴァ・レオだぞ」
「それがどうした。俺もワイバニア最強の第一軍団長だぞ。心配が過ぎると、俺に対する侮辱にもなるぞ。マンフレート」
心配そうに言うシラーにハイネは笑って言った。
「それに俺自身、武人として一度立ちあってみたいと考えていた。今回の命令はかえって嬉しいくらいだ」
「……そうか。武運を祈るぞ。ハイネ」
「あぁ」
二人は拳を突き重ねると互いに背を向けて歩いて行った。自軍の宿営地に向かうシラーを皇帝の伝令が呼び止めた。
「シラー軍団長、陛下がお呼びです。軍議用テントにお戻りください」
「どうした?」
シラーは伝令に不信感を感じつつも、テントに戻って行った。