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第一章 オセロー平原の戦い 第十一話

一方、オセロー平原西方のロミオ峡谷では、フランシス・ピット率いるフォレスタル第一軍団と、ヨハネス・フォン・ハイデルベルグ率いるワイバニア第三軍団が対峙していた。


急峻な斜面と森林に守られたこの峡谷は翼竜から身を守る天然の防壁であり、ピットはこの地の利を生かして峡谷の両側に弓兵隊を主力とした歩兵部隊、六〇〇〇名を配置してワイバニア軍を待ち構える態勢をとった。これがうまく行けば、ワイバニア軍は左右から挟撃される形になり、大きな損害を被るはずであった。


「だが、敵はあのワイバニア第三軍団。そうそううまくいかせてくれんだろうて」


森林に身を隠したピットは低い声でひとりごちた。


フランシス・ピットはアルマダで最長の軍歴を誇る将軍の一人で、七〇を超える老齢に似合わぬ鍛え抜かれた筋肉と、白いあごひげが特徴の武人だった。


若き頃より、武術の鍛錬に明け暮れた彼は槍、剣、拳闘の達人としても知られ、フォレスタルの王族をはじめ、現在の軍幹部のほとんどが彼の手ほどきを受けていた。


また、長年の経験から裏打ちされた彼の用兵は、老練にして巧緻極まるものであり、ワイバニアの上位軍団長にもひけをとるものではなかった。


対するワイバニア軍第三軍団長、ヨハネス・フォン・ハイデルベルグはピットほど恵まれた体躯に恵まれた訳ではなかった。これは彼が常に最前線の指揮官として戦場を駆け回っているわけではないという証であった。


この年、三四歳になる彼は、ワイバニアの上級貴族に生まれ、一族の敷いたレールの上を歩くかのように軍に入った。それは彼にしてみれば、ごく当たり前のことでそれ以外の道を思いつくことが出来なかったのである。


配属後しばらくの間、軍官僚として本国の大臣府につとめていたが、研修としてメルキド前線の第七軍団に出向することになった。このことが彼の軍人としての人生を一変させることになる。

彼の属していた第七軍団とメルキド第二軍団との間に戦闘が始まったのである。


龍騎兵と相性の悪い巨兵軍団を相手に第七軍団はよく戦ったが、最前線で指揮していた当時の軍団長が戦死すると、第七軍団は統制を失い総崩れになった。


軍団長を初めとして、主立った幕僚が全て戦死した司令部の中で数少ない生き残りだったヨハネスは傷ついた身体を引きずりながら指揮を執った。


彼は肋骨を初めとして身体の数カ所を骨折しており、発熱にも悩まされながら、それでも冷静に、そして迅速に事態に対処した。


ヨハネスは比較的損害の少なかった騎兵隊に殿軍を任せ、遊撃戦を展開させた。巨兵軍団と言っても、そのすべてが戦獣や石兵ではない。陸戦の主力は歩兵であり、それは三国ともに変わらなかった。騎兵隊はその機動力を活かしてメルキドの歩兵部隊に出血を強いた。騎兵隊が時間を稼いでいるうちにヨハネスは第七軍団の戦力の再編を図ったのである。


彼の対処が素早かったため、幸いにして軍団兵力の損害は少なかったものの、指揮系統の損害は目を覆うべきものがあった。


そこでヨハネスは巨兵による攻撃で数を減らされていた龍騎兵を伝令として司令部に配置した。このことで、各部隊に速やかな命令の伝達が可能になった。


戦力の立て直しに成功した彼は、騎兵隊を退かせると、直ちに反撃に転じた。


騎兵隊によって出来た隙をヨハネスは見逃さなかった。彼は歩兵三個大隊、三〇〇〇名に突撃させてメルキド第二軍団を二手に分断した。


分断に成功すると、すかさず分断された小集団を包囲して、攻撃を開始した。その攻撃の凄まじさは敵はおろか、味方すら恐れおののくほどでありこの会戦に参加した兵士達は「まるで、雷のようだ」と話したと言う。


分断されたもう一方の、メルキド軍団が到着した頃には勝敗はもはや決していた。


こうして、メルキド軍とワイバニア軍の戦いは、ワイバニア軍の勝利で幕を閉じた。


ヨハネスはこの時の戦功で第七軍団長に就任することになるが、彼の実家であるハイデルベルグ公爵家はこのことに猛反発し、ヨハネスに辞退を申し出るように迫ったが、彼はそれを頑として聞き入れなかった。


苛烈な戦闘を戦い抜いた部下達を見捨てることが出来なかったのである。彼自身、それは戦場に出ることがなければ気づかなかったことだった。


戦傷から回復した彼は、一人一人傷ついた部下達と戦死した部下の遺族達を見舞った。一部の遺族からは叱責されることもあったが、その姿勢は軍内外で賞賛され、新生第七軍団長となった彼は十二軍団長の中でも最も人望の厚い軍団長になり、第三軍団長になった現在でも、それは変わることはなかった。


順調に戦果をあげていった彼は、巧みな戦力配置と絶妙なタイミングで仕掛ける猛攻撃から”雷電のヨハネス”と異名をとるようになっていた。


ヨハネスは長身の体躯と黒ぶちのメガネが特徴で、一見すると学者のような風貌をしており、白衣をまとえば、研究者と見分けがつかなかったという逸話も残っている。


性格は明朗闊達な好青年であり、穏やかでひょうひょうとした彼の雰囲気は、殺伐とした十二軍団長の中にあって特に希有なものだった。そのため、何かと衝突の多い軍団長の間では緩衝剤ともとしての役割をもち、十二軍団の柱石の一人とも言うべき存在だった。

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