第四章 決戦前夜 第五話
同じ頃、フォレスタル王城庭園の一隅にあるラグの研究室に珍しい客が訪れていた。
「これは……ようこそ、ピット卿。あなたがここに来るのは5年ぶりではないですか。相変わらず、狭いラボですが、どうぞ中へ」
ピットを出迎えたラグは彼を中のテーブルまで案内した。
「それにしても、あなたが僕のところに訪ねてくるとは珍しいですね」
お昼寝中のメルに代わって、茶の準備をしながら、ラグはピットに言った。
「ラグ……」
「これはまた、懐かしい。僕をあだ名で呼ぶなんてどういう……」
ラグは茶の準備をする手を止めた。ラグは数十年来の友人に振り返ることなく、穏やかな声で訪ねた。
「逝くのかい? フランシス」
「あぁ」
遠い昔、ピットとラグ、王室政務顧問ロバート・リードマン、そして数代前の第三軍団長、トマス・ペンドルトンとは親友同士だった。彼ら4人はよく笑い、よく泣き、そして、よく酒を酌み交わした。いつまでもその関係が続くと信じていた。三十年前、ワイバニア大侵攻があるまでは。
凄惨な戦は4人の仲をいとも容易く引き裂き、一人を永久にこの世から失わせた。快活で四人のムードメーカーだったペンドルトンの死は残された3人に深い傷を与えた。
「ロバートはトマスのことを弟と同じように思っていたからね。戦争の後は見ていられなかったよ」
ラグはポットに火をかけた。ペンドルトンが死に、ロバートは執務室にこもりがちになった。それは国を守るためでもあったが、何より長年の親友を失った悲しみを忘れるためと言うことが大きかった。
「あいつはかっこいい死に方をしたものだよ、ラグ。俺を守って、兵を守って、国を守って死んで行ったのだからな」
普段とはまるで違う、若々しい口調でピットは話した。二人の間の時間はまるで、共に青春を過ごした時までさかのぼっているようだった。