第四章 決戦前夜 第四話
ヒーリーが執務室に戻ると、メアリ、アンジェラ、アレックスら第五軍団の主立った幹部達がすでに集まっていた。
「軍団長、メルキドにワイバニア軍が侵攻したと聞きましたが……」
一同を代表して、副軍団長のアレックスがヒーリーに尋ねた。
「その通りだ。使者の話では、現在ワイバニア軍は国境線を突破し、公都ロークラインに向けて進軍中と言うことらしい」
ヒーリーは椅子に腰掛けると、皆に説明した。
「ーーそして、第五軍団もメルキド軍支援のため、明朝出撃することになった。今日は皆、親しい者達と過ごしてきてくれ。ワイバニアとは決戦になるからな」
各隊の指揮官は敬礼すると、それぞれ執務室を出て行った。
「メアリもいいんだぞ。ピット爺や家族と過ごしてきたらどうなんだ?」
ヒーリーは執務室に一人残ったメアリに尋ねた。
「私は大丈夫。ピット家の血筋はタフなの。これくらいのことで感傷に浸っていたら体がいくつあっても足りないわ」
「その通りだな。あのピット爺じゃ、何度殺しても生き返ってきそうだ」
ヒーリーは笑ってメアリに返した。メアリは執務室の窓辺に立つとぽつりとつぶやいた。
「ついに始まるのね。ワイバニアとの全力衝突が」
「あぁ、この前の比じゃない。メルキドもワイバニアも、そして俺たちも本気の大戦争だ。激しい戦いになる」
執務室の机で指を組み、ヒーリーは言った。ヒーリーの頭の中ではすでにワイバニアとメルキド、フォレスタルの戦闘がイメージされていた。いかにして敵に勝つか。フォレスタル最高の戦術家は思案を巡らせていた。
「さて、メアリ。俺はそろそろ行くよ。一緒に過ごしたい相手がいるんだ」
ヒーリーは席を立ってメアリに言うと、執務室を出て行った。誰もいない執務室で、メアリは小さくため息をつき、かけていた眼鏡を外した。
「ようやく、腰を上げるのかしら、あの朴念仁。頑張りなさい。ヒーリー」
メアリは優しい微笑みを浮かべて、主のいない机を撫でた。数分前までヒーリーの座っていた机の上にひと雫、きらめくものが落ちた。