第四章 決戦前夜 第三話
「王太子殿下ともあろうものが、そんなに頭を下げるでないわ。これでは嫌とは言えん。また老骨にむち打たねばなるまいな」
ピットは笑って肩をならした。
「ヒーリー、君は不満かい?」
宰相である次兄マクベスが、ヒーリーに尋ねた。ヒーリーは少しばつが悪そうに頭をかき父と兄の前に出た。
「今をおいて、メルキドを救い、ワイバニアを倒す機会はありません。この戦いで、アルマダの戦いの歴史に終止符が打たれるとは思いませんが、それでもせめて、つかの間の平和だけでももたらしたく思います」
そう言うと、フォレスタルの若き戦術家は跪いた。
「総司令官の任、謹んでお受けいたします。陛下、殿下」
ヒーリーの返事に、エリクは頷き、全員に言った。
「今度の戦いはメルキドにとっても、フォレスタルにとっても決戦だ。ワイバニアを撃退することができれば、今後、我が国にも、メルキドにも侵攻する力を失うだろう。平和をもたらすためにも、我々は勝たねばならない。各軍団長は明朝直ちに軍団を率い、出撃せよ」
謁見の間に並んだ諸将は最敬礼すると、それぞれに部屋を後にした。
「お兄様!」
謁見の間を出てすぐの廊下で、ヒーリーはマーガレットに呼び止められた。
「どうしてお兄様なんですの? ぐうたらで、いつも居眠りばかりのお兄様が私達を率いるなんて……」
マーガレットは不満を露にした。マーガレットは史上最年少で軍団長になった天才で、「羽衣のマーガレット」の異名を取る、フォレスタル最速軍団を率いる軍団長だった。だが、彼女の天才は彼女自身のたゆまざる努力による部分が大きく、それ故に、毎日軍務をサボってばかりのヒーリーに対しては常々から不満を感じていた。自分自身が努力と研鑽を重ね、現在の地位に就いたのに、まったくそれとは縁遠いヒーリーが、いかに才能があるとはいえ、軍団長や増援軍総司令官など軍務の要職に就くのは彼女自身許されざることだった。
「俺が軍を率いるのが不満か? マーガレット」
言葉を荒げる妹にヒーリーは静かに言った。
「不満ですわ。私だって……」
「そうか……」
ヒーリーは悔し涙を浮かべるマーガレットに背を向けて、廊下を歩き去った。