第三章 メルキド侵攻 第五十三話
「彼は、私の士官学校時代の同期なのです。成績では私の上、主席のメアリに次ぐ成績でした。とても優秀な参謀です」
「加えて、軽薄で不真面目。女の敵です。士官学校時代、何人の女子生徒が彼に泣かされたことか」
メアリは片手の手のひらで顔を覆った。士官学校時代、面倒見のよかったメアリはレイに泣かされたという女子生徒のフォローを行なっていた。時には毎週とも言えるほどの女子生徒の相談を引き受け、メアリは時にノイローゼになりそうなこともあったという。もっとも、ストレスのはけ口はヒーリーにいっていたのだが。
「アルレスハイム卿! 機動戦術の専門家であるあなたの部下になれるとは、光栄の極みです!」
あからさまにメアリを無視したレイは大げさなリアクションをとると、アンジェラに握手を求めた。アンジェラはレイの態度に戸惑いながらも握手を交わした。
「騎兵運用の柔軟さ、攻守のバランスのとれた戦術。とくに一昨年のメルキド第三軍団との戦いには、目を見張るものがありました」
高揚しているのか、レイはアンジェラにまくしたてた。
「レイは観戦武官として長くメルキド公国に赴任していたのです。ここ最近のワイバニアとメルキドの戦術に精通しているのです」
すかさず、ヒーリーはアンジェラにレイの説明を加えた。レイの知識はヒーリーのみならず、アンジェラにも十分な助けになるだろう。
「了承しました。連隊長の件、つつしんでお受けいたします。それでは、隊長達へのあいさつがあります故、失礼いたします」
アンジェラはヒーリーに一礼すると、レイをともなって執務室を辞した。
「これほど美しい方だとは存じ上げませんでした。戦場では常に仮面を付けられていたので」
廊下を歩きながら、レイはアンジェラに言った。
「よくしゃべる男だな。お前は」
少し不機嫌そうにアンジェラは笑った。
「申し訳ありません! 以後、気をつけます」
レイはわざとらしく背筋を伸ばした。
「いや、悪いと言っている訳ではない。……やさしい男だな。お前は」
「は……?」
「下手な芝居はやめておけ、信頼をなくすぞ。無理して嘘をつくことはない。お前自身、疲れているだろう」
アンジェラの言葉にレイは言葉を失った。アンジェラの洞察はレイのすべてを見透かしていた。
「ばれましたか……。さすがは、アルレスハイム卿ですね」
レイは頭をかいた。メアリからは嫌われているが、レイはもともと女性に軽い人間ではなく、彼の軽薄さは、彼の複雑な性格が生み出したものだった。軍での生活は生き残るにしろ、死ぬにしろ、愛した女性を不幸にしかねないものである。女性を好きになってはならないし、好かれてもいけない。軍人を目指したレイは自分のせいで不幸になる人間を作らないために、「女の敵」と言うイメージを作り出していた。
アンジェラはヒーリーの執務室にレイが入ったわずかの間にレイの所作から彼が努めて明るくしていることを見抜いた。
「無理はするな。お前も見てきただろうが、戦場では力が入りすぎた者ほど先に死んでいく。気をつけることだ」
アンジェラはそういうと、長い髪を翻して歩き出した。レイもまたアンジェラの背後にぴたりとついて歩いていった。