第三章 メルキド侵攻 第五十話
「はてさて、ちぃとやりすぎたかのう?」
「まったく、グレゴール翁も人が悪い」
とぼける老将に、第六軍団長のオリバー・リピッシュが苦笑した。オリバーの隣では、第十一軍団長のザビーネが顔を青ざめさせていた。グレゴールの殺気にこともなげに耐えられたのはオリバーと第八軍団長のヒッパーだけだった。ハイネや、マレーネら最上位の軍団長ですら、オリバーのように笑みを浮かべる余裕を持てなかった。
幾多の死線をくぐり抜けた者だけが立つ極み。その圧倒的な戦闘経験の前には、さしもの有能な軍団長達も一歩譲らざるを得なかった。
「惜しい男を亡くしたな」
第六軍団長のオリバーは短く言った。普段、口数の少ないオリバーの言葉は、さらに重く軍団長達にのしかかった。
「今年に入って、三人も軍団長を失うとはな。何と言う年だ」
第八軍団長のヒッパーは腕を組んだ。
「戦争しているんですね。僕たちは……」
第十二軍団長のヴィクターが目を伏せた。十八歳の軍団長は、初めて戦場で仲間の死を経験した。十二軍団長の中で最年少の彼にはまだ、死を受け入れるには若すぎる年齢だと言えた。
「今後は敵襲が考えられるだろうし、進撃速度を緩めた方がいいんじゃないかい?」
第九軍団長のマルガレーテが一同に提案した。
「いえ。ここはあえて進軍速度を速めましょう」
第七軍団長のベティーナがマルガレーテの意見に反対した。
「敵のねらいは時間稼ぎにあるわ。おそらく援軍の到着を待っている。だから、私達に攻撃を仕掛けて、敵の襲撃に神経質にさせて進撃速度を緩めようと考えている。けれど、このままでは我々にとって不利になっていくわ。ここはすぐに全軍でアーデン要塞を落とすべきよ」