第三章 メルキド侵攻 第四十八話
「軍団長、お逃げください。すぐそこまで敵が迫っています」
血まみれの伝令兵がヴァルターに敵が目前まで来ていることを知らせた。気が張っていたのだろう。伝令兵は彼に敵軍襲来を告げると崩れ落ち、そのまま息絶えた。
伝令兵の死から1分とたたずに、ヴァルターの眼前に黒の鎧を着たヴィヴァ・レオが現れた。
周囲からは怒号、叫び声が響き渡っていたが、二人がいる陣幕の中は、恐ろしいほど静かだった。
「私はメルキド軍第一軍団長ヴィヴァ・レオ。ワイバニア第五軍団長、ヴァルター・フォン・ブッフバルト殿とお見受けする」
「いかにも」
対峙した両雄は短く挨拶を交わすと、お互い愛用の武器を手にした。ヴィヴァ・レオは大剣、ヴァルターは槍の穂先に斧が取り付けられたハルバードをそれぞれ構え、互いの敵手に相対した。
わずか、数秒の間だろうか。二人には周囲の世界全てが消え、音も、目の前の戦いの風景そのものも完全に消えた世界が現れていた。二人の間にあるのは達人同士が持つ裂帛の気合いを発した張りつめた空気だけだった。
その異様な世界を戦いがかき消した。陣幕がやぶれ、メルキド兵とワイバニア兵が同時に現れたのである。
ヴィヴァ・レオもヴァルターもかっと目を見開き、それぞれ必殺の一撃を放った。先に仕掛けたのはヴァルターだった。地にめり込むほど足を踏み込み、重さと速さを兼ね備えた一撃をヴィヴァ・レオに見舞った。一瞬の閃光とも讃えられる一撃をヴィヴァ・レオは大剣でさばくと、さらに回転をかけた斬撃を無防備のヴァルターに与えた。こちらも回転による重さと速さがくわわった斬撃である。ヴァルターは半身を一瞬にして両断され、息絶えた。
「軍団長!」
荒く息を吐くヴィヴァ・レオに兵士が駆け寄ってきた。
「皇帝は・・・・・・どうだ?」
ヴァルターの遺体を運び出そうとするワイバニア兵を見ながらヴィヴァ・レオは尋ねた。
「申し訳ありません。・・・・・・まだ・・・・・・」
「そうか。引き上げるぞ。そろそろ奴らも気づく頃だ」
ヴィヴァ・レオは全軍に撤退命令を出した。ヴィヴァ・レオの兵力ではワイバニア軍にかなうはずがない。陽動部隊がワイバニア軍を引きつけている間がメルキド軍の活動出来る限界だった。
夜の闇にまぎれて、メルキド軍は早々と兵を引き上げた。この戦いのメルキド軍の損害は380名、対するワイバニア軍は5,400名にも及んだ。その中には、第五軍団長ヴァルター・フォン・ブッフバルトを含め、多数の上級指揮官がいた。