第三章 メルキド侵攻 第四十六話
「さぁ、声をはりあげろ!たいまつも盛大に燃やせ!!ここでけちったら、後々までの笑い者だぞ!」
ボルガ指揮下の歩兵中隊長が叫んだ。メルキド軍はさも大軍であるかのように錯覚させるため、兵士に大声を上げて突進させていた。たいまつも同様で、丘に大量にかかげ上げられたたいまつはボルガ、レグロン指揮の小部隊を一個軍団規模に見せることに成功していた。
「軍団長、我々はどうすればよいでしょうか?」
「陛下をお守りする。それ以外に我々の役目はない。右翼の敵軍から目を離すな」
幕僚の一人に第五軍団長のヴァルターは言った。皇帝守護を役目とする第五軍団はおいそれと動く訳には行かない。右翼の敵も不可思議だ。たいまつをかかげたまま一向に動く気配がない。もしかしたら、右翼は陽動ではないか。ヴァルターの心に迷いが生じはじめていた。
「陣形転換!魚燐の陣から鋒矢の陣へ!敵陣を突破するぞ!」
第一軍団の歩兵の壁を見たレグロンは陣形の転換を図った。だが、歩兵二個大隊とはいえ、ワイバニア最強の誉れ高い第一軍団の守りは固く、突破は困難を極めていた。
「敵軍もやるものだな。我が第一軍団を相手に。だが、妙だな」
馬上から敵軍を賞賛したハイネは顎に手をあてて考え込んだ。
「確かに妙ですな。敵軍は突進力こそありますが、厚みがない。・・・・・・陽動の可能性があります」
ハイネの傍らにいたエルンストが言った。
「貴公もそう思うか。いつでも反転出来るようにさせておけ。後続の軍団が危険だからな」
「陛下が」と言わないのがいかにもハイネらしい命令だった。それほどハイネはジギスムントのことを嫌っており、指示を受けたエルンストも不謹慎ながら思わず苦笑した。
その頃、ボルガ率いる部隊は苦戦の最中にあった。
「全隊後退!敵軍と距離をとって、矢で射かけよ!」
ボルガは前進と後退を繰り返し、兵力で上回るワイバニア軍相手に善戦していた。寝込みを急襲され、第三、第七軍団に実働可能な兵力が少なかったことが彼に幸いした。
「やるもんだなぁ。敵も。防御を徹底しろ」
「側面が手薄よ。第二歩兵大隊は左翼に迂回、敵を側面攻撃しなさい」
シラーが守り、ベティーナが攻める。二人の際立ったコンビプレーが展開され始めていた。