第三章 メルキド侵攻 第四十三話
「来たか・・・・・・」
ワイバニア軍来たるの報を受けたヴィヴァ・レオはアーデン要塞守備兵を除いた全軍に出撃を命じた。ワイバニア軍全軍が恐怖した”悪夢の夜”の幕開けである。
「陛下をお守りするのは名誉の中の名誉だ。お前達、気を引き締めろよ」
長蛇の陣の中央、皇帝専用の馬車近くで愛馬に乗っていた第五軍団長ヴァルター・フォン・ブッフバルトは部下達に言った。ジギスムントは皇帝守護軍団として、第五軍団を指名していた。これは十二軍団の中でジギスムントが信用出来る軍団長の中で最上位だったのがヴァルターだったためである。ハイネは皇帝を忌み嫌っていたし、マレーネもグレゴールも皇帝とは距離を置いていた。シラーは新任であるため、軍団長の力量としては未知数であったので、信がおけると言う訳ではなかった。
その点、ヴァルターは裏表のない性格で同僚にも、部下達にも慕われており、その裏表のなさが皇帝にとっては「御しやすい」と判断されたのであった。
ヴァルター自身にしても、ワイバニア帝室とワイバニア軍に対して忠誠を誓っていると考えており、皇帝守護を任された時は素直に喜んだ。
「背筋を伸ばせ、胸を張れ。俺たちは他の軍団にはできないことをやっているのだからな」
ヴァルターは背筋を伸ばした。部下達は珍しくあからさまなポイント稼ぎをしている軍団長を見て、笑っていた。
「なぁ、こんな杭をいっぱい立てて、何するんだ?よいしょっと!!」
「さぁ、何でも、今回の作戦に使うらしいぜ。よいしょっと!!」
ワイバニア軍前方の丘陵地で、メルキド軍の兵士達は身の丈ほどもある杭をうちつけていた。
「お前ら、口だけでなく、体動かせよ」
二人を注意した兵士が杭にたいまつをくくりつけていた。
「うるさいな。お前の方が楽だろう。たいまつをくくりつけるだけなんだからな。・・・・・・それにしても、どれだけ杭をうてばいいんだ?」
三人の眼前には、すでに三千本あまりの杭が丘に打ち付けられていた。
「今日の夜までに、あと五千本だとさ」
「間に合うかどうか、ぎりぎりだな」
杭をうっていた兵士はため息をついた。
「だが、これで奴らに一泡吹かせられるかもしれないんだ。やってやろうぜ」
三人は顔を見合わせると作業を再開した。敗北の中の勝利を信じて。
翌5月27日、ヴィヴァ・レオ率いるワイバニア迎撃軍1万5千は戦場となる丘陵地に布陣した。