第三章 メルキド侵攻 第三十七話
「・・・・・・貴公」
ハイネは必殺の斬撃を受け止めた新軍団長を睨みつけた。
「久しぶり!ハイネ君。・・・・・・いきなりでびっくりしたな。もう」
新第七軍団長のベティーナが屈託のない笑顔で言った。
「よく言う。私の剣を苦もなく受け止めた手練が・・・・・・」
ハイネは愛剣をさやに納めて言った。ハイネにとって自分の領域にずかずか入り込んでくるベティーナは最も苦手とする人間だった。ベティーナがハンスの補佐官を務めている時分も何かと菓子を持たせるベティーナに戸惑っていたが、何よりも友人でもないのに馴れ馴れしく接してくる態度がハイネには理解出来なかった。いつしか、ハイネはベティーナに敵対心に似た感情を抱くようになったが、ベティーナ自身はただ「可愛い男の子がじゃれている」という程度の感覚しか持たなかったのである。
「そんなの偶然だよ!あ、ハイネ君のためにお菓子たくさん買ってきてあげたんだよ!ほら」
そう言うと、ベティーナは懐から菓子の袋を取り出した。
「何度も言わせるな。私は甘い物が嫌いだ」
菓子袋をふるふると振るベティーナにハイネは冷然と言った。
「嘘だぁ!ハイネ君、お菓子大好きなの知ってるよ。いつも机の引き出しの中に入れてるでしょ!?」
「な!!」
ベティーナの一言にハイネの顔は真っ赤になった。眼にもとまらぬ早さでハイネはシラーの方を振り返ると、シラーは慌てて首を振った。
「私が左元帥閣下の補佐官だったのはハイネ君だって知ってるでしょ?ちゃんとハイネ君のことはお父さんから聞いてるんだから」
ベティーナは嬉しそうに言ったが、反面、ハイネの顔は蒼白になっていた。なんと言う始末の悪いことか。最も知られたくない相手に自分の私生活が筒抜けになっているのだから。ハイネは頭痛の種に悩まされることのないこれから先の遠征の日々を呪った。