第三章 メルキド侵攻 第三十六話
ハイネは珍しく皮肉を言った。ハイネにとっても、シラーは親友であり、気の置けないともだった。ハイネにしてみれば、唯一「俺」「お前」と呼べる人間であり、シラーと話している時間こそが唯一、青年ハイネ・フォン・クライネヴァルトに戻ることができる時間だったのである。
「そんなことはないぞ。俺のスタイルを唯一理解してくださったのがシュティルナー閣下だったからな。だいいち、男の価値と言うものは外見ではなく、内面で決まるものだ」
シラーは眉目秀麗な主席軍団長に抗議した。「男の価値は内面で決まる」というのはシラーの持論であり、行動原理だった。彼は外見を注意されながらも常に戦場では、武勲を立てており、逆に言えば、彼の武勲と能力からしてみれば、だらしのない格好と生活は大した問題とはならなかった。
「お前のその持論は聞き飽きた。軍団長になったのだから、そろそろ、その生活態度は・・・・・・」
ハイネが親友に説教し始めたその時、ハイネの視界がいきなり暗闇に閉ざされた。
「ハイネ君。だーれだ?」
やや高く、若々しい声を聞いた瞬間、ハイネは憤怒の形相になり、腰に差した愛剣を抜くと、振り向き様の一挙動で背後の相手に一閃した。さながら、閃光に似た一瞬の一撃である。相手もひとたまりもないと思われたが、次の瞬間、信じられない光景にハイネは目を見開いていた。ハイネの斬撃が受け止められていたのである。ハイネの後ろにいたシラーは思わず口笛を吹いた。