第三章 メルキド侵攻 第三十三話
「あぁ。彼女が寂しがると思ってな……」
ハイネは顔を少しだけ赤くして、恋人への手紙を裏返した。普段は感情の起伏を見せない冷静な軍団長の意外な一面を見たエルンストは少し笑った。
「……ところで、貴公はどうだ? 奥方は寂しがることはないのか?」
ハイネは自分の表情をごまかすかのように、エルンストに尋ねた。
「私の妻は『軍人の妻になったら、いちいち夫がいなくて寂しいなんて言ってられないわ』と笑って私を送り出しましたが、息子達はまだ小さいので、今頃は寂しがっているかもでしょうなぁ」
長く伸びた前髪を後ろに撫で付けた副官はベリリヒンゲンに残した家族のことを思い、しみじみとした声で言った。
「本当は、戦いなどなければよいのだが、一度始めてしまったものは仕方がない。このような戦いなど、早く終わらせねばなるまいな。エルンスト」
「はい。私はそれができるのは軍団長だけと信じています。……それでは、報告に行って参ります」
エルンストはハイネに一礼すると、テントを出て行った。
「本当に早く終えなければなるまいな」
テントの中で、ハイネは一人つぶやいた。この大親征は過去例を見ないほどの規模である。十一万を超える大軍にメルキドとフォレスタルは蹂躙され尽くすことだろう。だが、力に頼る戦いはいつか必ずほころびが出る。ハイネは親征に対する漠然とした不安を感じずにはいられなかった。