第三章 メルキド侵攻 第三十話
執務室に入ったシラーとベティーナはハンスに敬礼した。
「遠路はるばるよく来たな。二人とも」
ハンスは二人をねぎらった。シラーはワイバニア北方の拠点都市、ロウィーナで騎兵大隊長を、ベティーナはワイバニア西方の中心都市、ヴォーティガンで守備隊参謀長を務めており、ベリリヒンゲンまで来るのに二人ともそれぞれ、相応の時間を必要としていた。
「マンフレート・フリッツ・フォン・シラー。貴官を第三軍団長に。ベティーナ・フォン・ワイエルシュトラス。貴官を第七軍団長に任命する」
ハンスは二人への辞令を読み、軍団長への昇進の旨を伝えた。出撃に先駆けて、ハンスも皇帝ジギスムントも、右元帥シモーヌも、第三、第七軍団長は戦力的に不可欠な存在であることは認識していた。緒戦において、皇帝と右元帥が軍団を直率したが、あくまで皇帝と右元帥は全軍を指揮しなければならない立場であり、一個軍団規模の指揮は軍団長に委ねる必要があった。
そのため、ジギスムントは出兵前夜、ハンスに新軍団長の人選と任命を委ねたのである。
ハンスが白羽の矢を立てた二人はともに戦術家、戦略家として有能であり、一万人の軍団を率いるに十分すぎる能力と素質を備えていた。
「どうだ。マンフレート。念願の軍団長になった気分は」
「ワイバニア軍人にとって、軍団長を任命されるのは至上の名誉です。帝国のため、全力をとして職責をまっとうしたく思います!」
シラーはハンスの問いに背筋を伸ばして答えた。
「ふ。そんなにしゃちほこばることはないぞ。マンフレート。その格好で言っても説得力がない」
ハンスはシラーの身なりを見て笑った。ぼさぼさのクセっ毛に無精髭、よれよれの軍服。軍記に厳しい指揮官でなくとも、「だらしがない!」と一喝することだろう。実際シラーも軍に入って以来、幾度となくハンスをはじめ、様々な上官から注意を受けてきた。しかし、何度注意を受けてもシラーは直そうとせず、ハンスもまた、67回目にしていよいよ注意することを諦めた。以後、シラーはワイバニア全軍人20万人の中で唯一「だらしのない格好を認められた軍人」になったのである。
「すみません」
ハンスに言われたシラーは苦笑した。シラーの隣でやり取りを見て笑っていたベティーナにハンスは話をふった。