第三章 メルキド侵攻 第二十三話
「信じられん……たった一人だと……」
レグロンは敵中に一騎のみで向かう騎兵に驚愕した。
「撃つな! 間違っても、弓をひいてはならん!」
キスールもまた、はやる兵士達を抑えるため、即座に射撃の禁止を厳命した。騎兵が門扉の前で馬を止めると、重く閉じていた要塞の城門がゆっくりと開いた。
騎兵は場内に入ると馬から降り、兜を脱いだ。すると、金色の美しい髪が華麗に舞い、彼女を取り囲んでいた兵士をことごとく魅了した。
「ワイバニア帝国遠征軍第二軍団長兼最高外交指揮官、マレーネ・フォン・アウブスブルグです。貴軍の降伏交渉の全権特使として参りました。この要塞の司令官にお会いしたく思います」
兵士達は一言も口をきけなかった。まさか、敵軍の司令官が護衛もなくやってくるとは。兵士達は放心した様子でただ槍だけを構えていた。すると、兵士の間から隊長らしき人物が現れた。
「わたしはタッソー要塞第十歩兵中隊長アンバサダーと申します。使者に対する部下の非礼をお許しください。司令官のレグロン閣下まで、わたしがご案内いたします」
マレーネはアンバサダーに一礼すると、彼の後ろに付いていった。城壁へと昇る階段で、アンバサダーはマレーネに話しかけた。
「信じられないことでしょうが、わたし自身驚いているのです。敵軍の最高司令官の一人が単騎でこの要塞にやってくるとは……使者なら、他の誰かを立てれば良かったものを……」
「他の誰かでは意味がありませんわ。わたし本人が出なければ、こちらの誠意が伝わりませんもの」
「我々はあなたを殺すかも知れないのですよ」
「例え、殺されても構いません。それは、わたしの思いが伝わらなかったと言うことなのですから。わたしはあなた方の命を救いたい。ただ、それだけのことです」
アンバサダーは彼女の決意のほどを聞き、何も言えなくなった。敵軍がここまで要塞守備兵の命のことを考えているとは。アンバサダーは階段を上り終えると立ち止まり、一瞬目をつむった。
「アンバサダー隊長?」
マレーネは怪訝そうに尋ねた。
「失礼しました。司令官はすぐ近くにいらっしゃいます。こちらへ」
二人が歩き出して、三分もしないうちに、マレーネは二人組の軍人の姿を見つけた。鎧からして、兵士のそれとは違う。恐らく指揮官だろうとマレーネは思った。