第三章 メルキド侵攻 第二十二話
「何だあれは? 私は許可を出しておらんぞ!」
司令室の窓から、ワイバニア軍陣地へ向けて騎兵が一騎駆けていくのを見たレグロンは激怒した。
「誰だ? 使者を出したのは!」
「私です。司令官」
「キスール。貴様!」
レグロンは自分の副官を睨みつけた。彼の独断にも腹が立ったが、それ以上に降伏の使者を出したことが彼にとって許されざることだった。
「メルキドの武人として恥ずかしいとは思わんか? 恥を知れ!」
レグロンはキスールを一喝した。キスールは司令官の剣幕にひるむことなく、自らの意見を述べた。
「閣下。ここで戦ったとしても、我々は無駄死にです。ご覧ください」
キスールが指差した方向の窓には四つの煙の柱が立ち上っている光景があった。
「あれは……」
レグロンは思わず身を乗り出した。
「四要塞が燃えている煙です。ここで我々が戦ったとて、ワイバニアの進軍は最早止められません」
キスールの言葉にレグロンは打ちのめされた。レグロンとて、国境の守備の一端を任される将の一人である。今の状況がどれほど絶望的で、どれほど無意味かは分かっていた。だが、メルキド武人としての彼の矜持が降伏と言う手段を妨げていた。
「司令官! 副官殿! 敵軍に動きがありました!」
張りつめていた二人の空気を伝令が打ち破った。レグロンとキスールは司令室の外に出ると、すぐに外が見える城壁へと躍り出た。二人が見たものは白の鎧に身を固めた騎兵ただ一人だった。