第三章 メルキド侵攻 第十八話
ワイバニア帝国軍が各所で勝利の凱歌を上げている頃、ワイバニア第一軍団長のハイネ・フォン・クライネヴァルトもまた、敵の要塞司令官のボルガののど元に愛用の細剣の切っ先を突きつけていた。
「降伏しろ。もはや雌雄は決した。これ以上の戦闘は意味がない」
剣を突きつけられたボルガは、切っ先に恐怖を覚えつつ、現在の状況を冷静に分析していた。
(一体何が起こったのだ? 私は何故剣を突きつけられているのだ?)
司令官の思考回路は何度計算をしつくしても、導き出される解答はそれだった。
真紅の軍服をまとった男が空から舞い降り、近くにいた幕僚三人を一瞬で切り伏せると、ボルガののど元に切っ先をつきつけたのだった。その一瞬の早業に、ボルガは何も言えず、身動き一つできずにいた。
雌雄は決した? この男は何を言っていると言うのか。三人の幕僚が斬られたとは言え、守備兵三〇〇〇人は未だ健在。士気も高い。まだまだ戦えるはずだ。それなのに、何故、目の前の男は勝負はついたと確信出来る? 背筋が凍る感覚を覚えながら、ベリクリーズ要塞を率いる司令官は思考を巡らせた。
しかし、余程有能な指揮官でなければ、ハイネの戦術は理解出来なかっただろう。
ハイネは配下の軍団に要塞の包囲を完成させると、龍騎兵隊に上空からの偵察を反復させた。二十数回に及ぶ上空偵察の結果、ハイネはベリクリーズ要塞が極めて上空からの攻撃に弱いと言うことを突き止めた。要塞の弱点を把握したハイネはただちにいつでも要塞への攻撃が可能になるように陣形を変えると、自身は愛騎レイヴンに乗り、みずから龍騎兵大隊の先頭に立ち、奇襲に乗り出した。
つまり、ハイネが動き出した時点で要塞の命運はすでに尽きていたのである。
「もう一度言う。貴公らにすでに勝ち目はない。降伏しろ」
表情を変えずにハイネは言った。その美しい声は戦場にありながら、聞いた者を魅了したという。
大きな足音を響かせ、ハイネの後ろに石兵が立った。石兵は巨大な腕を振り上げると、一気にハイネに振り下ろした。
石兵の剛腕。それは精兵一個小隊に匹敵する。ハイネの死は決まったようなもの。ボルガは思わず笑みを浮かべた。