序章 その一
翼竜と人間が共に暮らす世界、アルマダ。この世界では数百年の間、人間が三つの国に分かれ、世界の覇権を巡って相争う時代が続いていた。
一つは最大の国土と肥沃な大地を持つ翼竜の国、ワイバニア帝国。二つ目は国土西部に世界最大の大草原を持ち、多様な動植物と鉱産資源に恵まれた巨兵の国、メルキド公国。そして、三つ目が水産資源に恵まれた大河を有し、その国土の多くを森に囲まれた国、フォレスタル王国であった。
これらの国々が永きに渡る戦いを繰り返す中で、一つの自然の法と呼ぶベきルールが生まれた。
「龍騎兵は兵士に勝ち、巨兵に負ける。巨兵は龍騎兵に勝ち、兵士に負ける。兵士は巨兵に勝ち、龍騎兵に負ける」
龍騎兵はその名の通り、戦闘用に調教された翼竜に乗った兵士のことを指す。遥か上空から急降下し、猛スピードで襲い来る龍騎兵に、兵士達は文字通り手も足も出なかった。
巨兵はメルキド公国だけが持つ独自の兵科である。メルキドは国土西部に大草原を有しており、そこには多種多様な生物が棲息していた。十メートルはある巨大な象もその一つで、メルキド人は捕獲した象を戦闘用に調教し、五、六人の兵士を乗せる櫓を象の背中に据え付けて、戦車代わりにした。これを戦獣といい、その巨体は翼竜の牙をもってしても倒すことは出来なかった。
また、メルキドは独自の技術を持ち、屈強な兵士を作り出した。これがゴーレムと呼ばれる石兵であった。ゴーレムは木と金属で出来た主骨格に鉄で出来た装甲板を貼付けた身長三メートルほどの巨大な機体で、兵士が胴体部に乗り込んで操縦し、動力の伝達には死んだ巨象の革から作ったバネを用いていた。
この戦獣と石兵を合わせて巨兵といい、翼竜の牙すら届かず、不用意に突撃をかければ逆に翼竜の牙と首の骨が折れて死んでしまうと言う、龍騎兵にとっては極めて相性の悪い相手であった。
しかし、巨兵はその頑強さに比例して動きが鈍重で、歩兵の身軽さと機動力の前にはことごとく敗れていった。
このルールのおかげでワイバニア、メルキド、フォレスタルそれぞれの勢力が拮抗し、数百年の間、戦いを繰り返しながらも微妙な均衡が保たれていたが、四〇年前、その均衡を破る衝撃的な出来事が起こった。
星王暦二一四二年八月七日、ワイバニアの探検家であり登山家のグスタフ・フォン・ハウスフォーファーが前人未踏と言われたワイバニア帝国北方のアルケミー山脈の登頂、縦断に成功し、ワイバニア本土から分かることが出来なかったアルケミー山脈の裏側斜面に、翼竜の大規模営巣を発見したである。
この知らせを聞いた当時のワイバニア皇帝アドルフIII世はただちにアルケミー山脈へ軍を派遣。生息していた翼竜を捕獲するとともに精強な龍騎兵軍団を十年かけて作り上げた。
そして、星王暦二一五二年五月八日、ワイバニア皇帝アドルフIII世は龍騎兵隊六〇〇〇を含む六個軍団、六万人という史上かつてない大軍でフォレスタル王国に侵攻した。