絶望
ノアスの予想通りどうやらこの道は九階層を通って無く、直接十階層に繋がっているようだ。
ノアスとエリィは真っ直ぐ続く暗闇の一本道をひたすら走る。
「エリィ、あいつらは」
隣を走るエリィに尋ねるとエリィは意識を集中させる。それからしばらく経ち、「もう十階層に抜けてるのかな。あんまり音が聴こえない」
「チッ。厄介だな」
「ノアス君。前にも聞いたけどやっぱり十階層って危ない所?」
「全ての階層危ないだろ。ただ、十から十五階層はちょっと独特だな。一度火がついたら止まらないから」
八階層までならノアスも余裕を持って臨めた。けどこの先は一つのミスが命取りになる階層。
十階層のモンスターは個々の能力が高い。けれど単純な戦闘能力ならノアスやエリィで問題なく進めるだろう。
一つ問題なのは独特な魔物の習性であろう。
「あ、見えてきたよ」
うっすらと見えた光はやがて大きくなり身を包み込む。
目を開くとそこは光のある階層であった。十階層は光石の取れる場所でもあり、その為他の階層よりも光はある。
「ノアス――」
エリィの口をノアスは急いで塞ぐ。それから耳元に顔を近づけ、「大きな声を出すな。死ぬぞ」
「ご、ごめんなさい」
細々とエリィは声を押し殺して呟く。
「前も話したけどここからは静寂が支配する階層だ。それを破ったら俺たちでも死ぬぞ」
ノアスの真剣な表情から冗談は感じられない。
『死』という言葉はモグラなら隣り合わせであるが、目の前のノアスが言うと一層重みを感じてエリィも静かに頷く。
「じゃあ行くぞ」
エリィが理解した事を確認し、ノアスは口元から手を離して歩き始める。
ノアスの後ろをついて行きながらエリィは十階層を見わたす。
光の無いエリィにとって十階層がどのような階層なのか上手く想像がつかない。けれど空気の流れから壁や天井に無数の穴が開いている事が判った。
ノアスが『静寂が支配する』と言った通り、この階層は物音一つしない。自分の呼吸音がやけに耳に届いて、内側から鳴る鼓動が辺りに響いていないか不安になる程、周りの音たちは眠っている。
エリィは仮面越しにノアスを見つめる。初の階層でヒリヒリと肌で感じる不気味な空気。未知の敵が眠っているという恐怖はあるが、不思議とノアスが近くにいるだけでそれらの恐怖や不安の感情は消えて行く。
こんな気持ち初めてだ。
先程ノアスが言っていた、『治癒の欠片』の事をエリィは思い出す。もしその欠片で呪いを解く事が出来るのならいち早くノアスを見たい。
何よりも誰よりも先にノアスを知って、しっかりと顔を見て話したい。
いつの間にかエリィの心にはそんな想いが宿っていた。
「……?」
ノアスの足音が止まる。それに合わせてエリィも足を止めた。
「何か聴こえないか」
ノアスが小声で呟く。エリィはその言葉で耳に意識を向ける。
何かが動いている気配が先で聴こえて来る。そして気配が止まると同時に――
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
突如静寂が壊れた。
「「!?」」
気配を感じた方向から絶望に染まった声が聴こえた。
「エリィ!」
「う、うん」
流石のノアスも少し大きな声を出して走り出す。それにエリィも続く。
悲鳴が大きくなっていく。ノアスとエリィが走ると近くの穴から不気味な気配が溢れ出て来た。それをエリィは肌で感じるが、一刻を争う状況なので無視する。
やがて悲鳴は目の前まで近づき、
「え……!」
光の無いエリィにでも目の前の光景が容易に想像出来た。
最初に悲鳴が聴こえた時から嫌な予感がノアスの頭をよぎっており、辿り着くと案の定ノアスの頭にあった最悪な光景が瞳に映った。
本来こげ茶色の地面は黒い絨毯が敷かれているように辺り一面が闇色であった。黒い絨毯はわしゃわしゃ動いており、中央部は山のように小さく盛られている。そして山の部分には見覚えのある人物が顔を覗かせていた。
「あ……あ」
それは啖呵を切ったあの男だ。
男は絨毯に呑み込まれかけており、覗かせている顔の半分は白骨していた。
やがて男は波に呑まれるように完全に山の部分に消え、次現れた時には灰と化していた。
「ノアス君。敵の数」
「ああ」
エリィは敵の気配を感じて唖然とする。
エリィが感じ取った敵の数は無数と言っても過言じゃなかった。気配の数はエリィにとって初めてだったので言葉を失ってしまう。
ノアスが返事をすると目の前でわしゃわしゃ動いている絨毯が突如分裂した。
黒い絨毯の正体は魔物の集合体。一体一体はとても小さな蟻のような生物で圧倒的な数で襲って来る。
蟻たちは分裂により三十ぐらいの黒い塊となり、ノアスたちを囲むように左右から攻めて来た。ノアスとエリィは黒い塊を避けながら攻撃を繰り広げる。
「待って、また違う気配が」
一分もしないうちにまた別の魔物が開いた穴から顔を出してノアスたちに牙を剥いて来た。それは連鎖的であり、気付くと数十種類の魔物が穴や道から現れて二人を囲む。
そんな光景にエリィは圧倒されてしまう。
「おい、エリィ。エリィ!」
「あ、ご、ごめん」
「走るぞ!」
ノアスはエリィの手を握って走り出す。
背後から無数の気配が雪崩のように一直線に向かって来ているのが判った。
それだけじゃない。ノアスたちが走れば走る程近くの穴から魔物が現れてその都度攻撃を受けた。
ノアスが言った『静寂が支配する階層』という意味をやっと理解したエリィ。一度音を立てたら最後。階層に眠る全ての魔物は音めがけて牙を剥いて来る。
圧倒的数での襲撃や八階層での戦闘によってノアスとエリィは疲労困憊であった。走ることさえ厳しい。
けれど、二人は足を止めずただひたすら走る。
一度火が点いたら止められないのが十階層の特徴。音に敏感な魔物が集まった最悪な階層だ。
ノアスとエリィの走る音はだんだんと遅くなって行き、やがて止まる。
決して逃げ切れた訳じゃない。では何故止まったのか。それは、走る道が無くなったからだ。
「行き止まり……」
「くそ」
ノアスが奥歯を噛みしめる。本格的に不味くなって来たと絶望の影を感じ取る。
しかし、そんな二人を待つほどダンジョンは甘くない。
荒い呼吸音を聞きつけて背後には無数の敵がよだれを垂らして待ち構えていた。
ノアスは覚悟を決める。その覚悟は死を受け入れる覚悟であった。
普段十階層を潜っているノアスであるがここまでの魔物を呼び起こしてしまったのは初めてだった。
幸いエリィが居る事で生存率が無きにしも非ずだが望みは薄い。
せめてエリィだけでも救いたいとノアスは思う。
「こうなるんだったらあの時、リーリスに聞いとくべきだったな」ノアスは頬を引きつらせて小さく笑う。「エリィ、覚悟を決めろ。行くぞ」
「うん」
エリィもひとつ息を吐いて覚悟の表情を浮かべる。
そしてノアスとエリィは絶望に立ち向かう。
魔物たちも本能のまま、ノアスとエリィに駆け出した。
――突如二人の身体が軽くなる。
「え!?」
足の裏に感じていた地面が突然消え去り、重力がノアスたちを下に落としていく。
そう、ノアスとエリィの足元が突然崩れたのだ。それによって二人は無慈悲にも下の階層に落下していく。「うわあああああああ!!」「きゃあああああああああ!!」
二人は何も見えない闇の穴へ呑み込まれる。
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明日は、昼に予約投稿で一本上げます。
夜も上げるかもです。
 




