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日が地平線に隠れ、あたりを闇が覆い始めた頃。私服に着替えた蘭丸は、隊長室で伸びをしていた。


「今週分の仕事、終、了!帰るか!」


明日は日曜日だ。せっかくの休日、友人を誘ってどこかに出かけよう。

そんなことを考え、リュックを肩にかける。と、その時だった。


「ヤッホー、スズリー!」

「ぐふっ!?」


グニャリと目の前の壁が歪んだ直後、何者かが弾丸のごとく壁から飛び出し、蘭丸の顔面を襲った。

想定外の衝撃に耐えきれず、その場で無様に尻餅をつく。そうなってからようやく、謎の襲撃者は人違いの気がついたようだった。


「あれ、スズリじゃない!キミダレ⁉︎」

「こっちのセリフだ!」


蘭丸の顔を覗き込み、これでもかと目を見開いていたのは、耳が大きな謎の生物だ。見た目……特に色が摩訶不思議なばかりか、この生物、平然と人の言葉で喋っているではないか。

未だ顔面にしがみついていた生物を引き剥がし、膝に乗せる。この犬だか何だか分からぬ小動物、不思議さはともかくとして、冬毛なのか普通にモフモフだ。気持ちいい。

顔まわりを撫で回しても、その生物は嫌がるでもなく、むしろ気持ちよさそうに目を細めた。

すごく可愛い。


「で、お前は何なの?」


手を休めず問うてみると、相手は目を細めたまま、間抜けな声で答えた。


「ふぇいだよ~。聖獣なの~」

「ほー、フェイか。俺は伊賀崎蘭丸だ、よろしくな」

「うん、よろしく~」


ふにゃあ、と笑ったフェイの愛らしさといったら、動物好きの蘭丸が堪らず抱きしめてしまうほどだ。


「あー、可愛い!」

「ぐぇっ」


強く抱きしめすぎたのか、今変な声が聞こえた気がする。可愛いから気にしないが。


「はなしてー!」


フェイが堪らず叫ぶと、隊長室の扉が大音量で開き、同時に怒鳴り声が響き渡った。


「隊長室で何してるのよあんたはー!」


そう威勢良く入ってきたのは、他でもない、奏だった。

犬らしき生き物を、緩みきった顔で抱きしめる総隊長。そして、そんな彼を全力で拒絶するかのようにもがく、翡翠色の犬らしき生物。

何者かの危機を察し飛び込んだ部屋で、このような光景を目の当たりにしては、スルーなどできるはずもない。


「……何してるの、本当に」


絶対零度の声が部屋に響き、しかしそれでも蘭丸は、笑顔でフェイを抱っこし直した。前足の脇に手を入れ、奏にフェイのお腹を見せる。


「フェイっていうんだ、こいつ。めちゃくちゃ可愛いだろ!」

「か、可愛いけど、そんな色の犬は見たことな、」

「犬じゃないよ!ボクは聖獣のフェイ。異世界から来たんだ」

「ふうん、そうなん……はあ⁉︎」


フェイを見つめていた奏の顔に、一瞬で恐怖と驚愕と戸惑いの表情が浮かんだ。そう、これが普通の反応だ。


「しゃ、喋っ⁉︎」

「あっ、キミはちゃんと驚いてくれるんだね。よかった~」


だらーんと脱力した姿で笑うフェイの顔を、奏を気にする素振りすら見せない蘭丸が、「そういえば」と言って覗き込んだ。


「フェイ、さっきスズリって言っていたよな。それって、やっぱり甘野さんのことか?」

「そうだよ。スズリに会いたくて来たのに、もうここにはいないんだねえ」


ざんねーん、などと言いながらも、フェイの表情に陰りは見られない。まるで、他に当てがあるかのようだ。


「もしかして、フェイは甘野さんの家も知っているのか?」


興味本位で尋ねてみれば、聖獣はさも当然のように頷いた。


「知ってるよ。だってボク、スズリの家に住んでたもん」

「……マジか!」


これは、絶好のチャンスかもしれない。このままフェイに案内してもらえば、甘野さんに会えるのではないか。

そんな期待に胸を膨らませたところで、正面から氷をぶつけられた。


「あんたまさか、ストーカー行為に及ぼうとしてないでしょうね。この、せ、聖獣?に、甘野さんの家まで案内してもらおうだなんて考えているなら、遠慮なく首絞めるわよ」

「べっ、別にそんなこと考えてねえし!」


今の奏の目は、決して逆らってはいけない時の目だ。口が裂けても「ご名答」などとは言えない。

内心舌打ちをし、フェイを抱きかかえる。そうするだけで不思議と心は安らいだ。


「なあなあ、フェイー。こっちにはどれくらいいるんだ?」


敬愛する彼女に会えないのなら、せめて一日中フェイを撫で回す権利くらいは欲しい。

そう考えて放った問いに、フェイは少し考えてから「二週間ぐらいだと思うな」と返した。


「二週間、俺の家に泊まっていけよ」


期待の眼差しを伴う提案。それに気が付いてか否か、フェイはゆるゆると尻尾を振った。


「いいの?やったー!」

「おう、遠慮なく住め!」

「いや住まないけどね」


何はともあれ、無事二週間の愛でづくしは決定したわけだ。


「じゃ、早速帰るか。奏はどうする?」

「わた、私は泊まらないわよ⁉︎」

「分かってるよ、そんなことは。帰るのかどうかってこと」

「か、帰る!」


何か恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして部屋を出て行った奏だったが、音速でバッグ片手に戻ってきた。蘭丸と帰る気満々のようだ。


「ほら、フェイに甘野さんの家まで案内させないか気になるし。途中まで監視につくわ」

「行かないって言っただろ。信用ねえなあ」


ブツブツと文句を言いながらも、部屋を出るとき、エレベーターに乗るときなどで、彼はレディファーストを実践していた。しかも、最終的には奏を家まで送った。レディファーストと女子の送り(迎え)は不良時代からの習慣だ。そんな紳士的な一面をのぞかせる蘭丸を、奏が道中ひっきりなしに見つめていたのを、フェイは蘭丸の腕の中で目撃していたのだった。

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