表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

どんよりとした空、冷え切った空気。季節を感じさせるに相応しい、嫌な天気だ。そう思うものの、俺の胸は春の日差しを浴びたように躍っていた。

デスクに飾っている彼女の写真。それが、いつでも俺を明るく照らしてくれるのだ。

彼女と俺の出逢いは、まさに運命としか言えないものだった。


「——い」


俺がまだ中一で、あらゆるものに嫌気がさしてグレていた時のことだ。

俺が通っていた中学は、地元では有名な不良校だった。だったのだが、全チンピラを束ねる学校のリーダー的存在が、その人徳と強さをもって改革を行って以降、ケンカは消えていた。


「——っと!」


その男の名は大崎駿おおさきしゅん。後にその男は、WMUという組織の幹部であると判


「聞かんか馬鹿者!」

「いっってえ!」


バシッ、と爽快な音と共に、コロコロとペンがデスクを転がった。

デスクに向かい、ペンを走らせていた彼は、痛む頭頂部を押さえたまま、正面に立つ人物を睨み上げた。


「っんだよ、奏!」

「なんだよって何よ!何度も何度も呼んだでしょう!」


奏、と呼ばれたのは、こげ茶の髪を腰まで伸ばした、才色兼備の女性だ。深緑の制服に身を包んだ彼女の目は、目の前にいる男を冷たく見据えていた。


「仕事中に内職とはいい度胸じゃない。ねえ、伊賀崎蘭丸総隊長?」

「な、内職ってなんだよ!これは必要な記録を作成しているだ、って読むな!」


デスク前に腰を下ろしている、黒い制服の青年は、伊賀崎蘭丸、十六歳。中二の頃から、WMU、世界未成年者連合の日本部に所属、現在は自己防衛部隊——通称SD部隊の総隊長として活躍している。かつて不良だったこともあり、血の気が多いのが難点ではあるものの、仲間を大切にする性格のためか、周りからは慕われている方だ。ちなみに、容姿も頭脳も平均よりは上である、と周りからは評価されているとかいないとか。


「“彼女と俺の出逢いは、運命……”。イタすぎでしょう、この妄想は」

「妄想じゃねえし。それはあの人との出会いを綴ったノンフィクションの、おい破くな!」


必死の制止も虚しく、部屋にビリビリという音が響く。まだ書き始めではあるものの、その行為は元ヤンを怒らせるに足るものだった。


「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!甘野さんとの大事な思い出を破って無事で済むと思うなよ!」

「ああもう、うるさい。甘野さんとの大事な思い出とか笑わせないでよ。あんた、遠目に一回見ただけでしょうが」

「違う。ちゃんと声を聴いたことだってある!」

「はいはい、年に一度の集会でね」


彼らの話す、甘野という人物……それはWMUで知らぬものはない、数代前の連合長のことだ。旅客機のハイジャック犯を捕らえた偉業は世界に衝撃を与え、相棒の久寺経太と共に、一躍時の人となった。

そんな彼女に蘭丸が出逢った……というより彼女を見かけたのは、それこそ中一の頃だ。


「この大崎駿って、誰?」

「書いてある通りの人で、中学時代俺の目標だった人。本名は宝泉陸斗さん」

「ああ、先代の総隊長か。WMU本部への異動要請に頑として応じなかった、変人と呼ばれた人よね」

「そう。あの人が俺の中学に潜入していたおかげで、宝泉さんの卒業式の日に、甘野さんが迎えに来るのを目撃できたんだよ。それでWMU目指したんだから、これって運命じゃね?」

「運命じゃない。気色悪い。第一、どうして甘野さんを見てWMUだって分かったのよ」


これぞジト目、という目を奏が蘭丸に向ける。軽蔑に似た何かが滲んでいるようにしか見えない。しかし、そんな気配を察するほど、総隊長は鋭くなかった。


「ああ、それはほら、一目惚れした瞬間に甘野さんのところまで走って行って、告ったから」

「……は?」

「告った時の、男二人の顔はずっと忘れねえな。ああ、修羅ってこういう恐ろしさだろうなって感じだった」

「ちょっと待ちなさいよ。告白って、本当に?」

「当然。男なら、惚れたら即告白しないとな」


懐かしいな、と一人口元を緩める蘭丸を見る奏は驚愕の表情を隠せず、口をパクパクさせた。


「あ、そうだそうだ、お前が来たら頼もうと思っていたんだ。この書類、本部までよろしく」

「えっ……あ、ただの決算書ね。わかった」


また来る、とおぼつかない足取りで部屋を去った奏を怪訝な顔で見送り、蘭丸はデスク際の紙をそっと引き寄せた。

先ほど書いていた自叙小説は、無惨にも六当分にされている。貼り合わせられなくもないが……。


「やっぱり書くなら、パソコンか」


ふう、と一つ溜息をつき、蘭丸は本来の仕事に手をのばしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ