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どんよりとした空、冷え切った空気。季節を感じさせるに相応しい、嫌な天気だ。そう思うものの、俺の胸は春の日差しを浴びたように躍っていた。
デスクに飾っている彼女の写真。それが、いつでも俺を明るく照らしてくれるのだ。
彼女と俺の出逢いは、まさに運命としか言えないものだった。
「——い」
俺がまだ中一で、あらゆるものに嫌気がさしてグレていた時のことだ。
俺が通っていた中学は、地元では有名な不良校だった。だったのだが、全チンピラを束ねる学校のリーダー的存在が、その人徳と強さをもって改革を行って以降、ケンカは消えていた。
「——っと!」
その男の名は大崎駿。後にその男は、WMUという組織の幹部であると判
「聞かんか馬鹿者!」
「いっってえ!」
バシッ、と爽快な音と共に、コロコロとペンがデスクを転がった。
デスクに向かい、ペンを走らせていた彼は、痛む頭頂部を押さえたまま、正面に立つ人物を睨み上げた。
「っんだよ、奏!」
「なんだよって何よ!何度も何度も呼んだでしょう!」
奏、と呼ばれたのは、こげ茶の髪を腰まで伸ばした、才色兼備の女性だ。深緑の制服に身を包んだ彼女の目は、目の前にいる男を冷たく見据えていた。
「仕事中に内職とはいい度胸じゃない。ねえ、伊賀崎蘭丸総隊長?」
「な、内職ってなんだよ!これは必要な記録を作成しているだ、って読むな!」
デスク前に腰を下ろしている、黒い制服の青年は、伊賀崎蘭丸、十六歳。中二の頃から、WMU、世界未成年者連合の日本部に所属、現在は自己防衛部隊——通称SD部隊の総隊長として活躍している。かつて不良だったこともあり、血の気が多いのが難点ではあるものの、仲間を大切にする性格のためか、周りからは慕われている方だ。ちなみに、容姿も頭脳も平均よりは上である、と周りからは評価されているとかいないとか。
「“彼女と俺の出逢いは、運命……”。イタすぎでしょう、この妄想は」
「妄想じゃねえし。それはあの人との出会いを綴ったノンフィクションの、おい破くな!」
必死の制止も虚しく、部屋にビリビリという音が響く。まだ書き始めではあるものの、その行為は元ヤンを怒らせるに足るものだった。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!甘野さんとの大事な思い出を破って無事で済むと思うなよ!」
「ああもう、うるさい。甘野さんとの大事な思い出とか笑わせないでよ。あんた、遠目に一回見ただけでしょうが」
「違う。ちゃんと声を聴いたことだってある!」
「はいはい、年に一度の集会でね」
彼らの話す、甘野という人物……それはWMUで知らぬものはない、数代前の連合長のことだ。旅客機のハイジャック犯を捕らえた偉業は世界に衝撃を与え、相棒の久寺経太と共に、一躍時の人となった。
そんな彼女に蘭丸が出逢った……というより彼女を見かけたのは、それこそ中一の頃だ。
「この大崎駿って、誰?」
「書いてある通りの人で、中学時代俺の目標だった人。本名は宝泉陸斗さん」
「ああ、先代の総隊長か。WMU本部への異動要請に頑として応じなかった、変人と呼ばれた人よね」
「そう。あの人が俺の中学に潜入していたおかげで、宝泉さんの卒業式の日に、甘野さんが迎えに来るのを目撃できたんだよ。それでWMU目指したんだから、これって運命じゃね?」
「運命じゃない。気色悪い。第一、どうして甘野さんを見てWMUだって分かったのよ」
これぞジト目、という目を奏が蘭丸に向ける。軽蔑に似た何かが滲んでいるようにしか見えない。しかし、そんな気配を察するほど、総隊長は鋭くなかった。
「ああ、それはほら、一目惚れした瞬間に甘野さんのところまで走って行って、告ったから」
「……は?」
「告った時の、男二人の顔はずっと忘れねえな。ああ、修羅ってこういう恐ろしさだろうなって感じだった」
「ちょっと待ちなさいよ。告白って、本当に?」
「当然。男なら、惚れたら即告白しないとな」
懐かしいな、と一人口元を緩める蘭丸を見る奏は驚愕の表情を隠せず、口をパクパクさせた。
「あ、そうだそうだ、お前が来たら頼もうと思っていたんだ。この書類、本部までよろしく」
「えっ……あ、ただの決算書ね。わかった」
また来る、とおぼつかない足取りで部屋を去った奏を怪訝な顔で見送り、蘭丸はデスク際の紙をそっと引き寄せた。
先ほど書いていた自叙小説は、無惨にも六当分にされている。貼り合わせられなくもないが……。
「やっぱり書くなら、パソコンか」
ふう、と一つ溜息をつき、蘭丸は本来の仕事に手をのばしたのだった。