3-1-6.決め顔で修学旅行へ行こう⑥
いよいよ森崎部長は普段の自分を逸脱し正常とは言い難い状態になりつつある。
西園寺グループにとっては一大事である・・・本来は幹部たちとゆっくりとは言えないまでも吟味していくつか案を出し検討するべきだが、すべて自分で考えて決断しなければならない・・・独裁者気質の人間の陥りやすいジレンマに堕ちている。
先ほどからずっと森崎の一人舞台は続く・・・どんな結果になろうとも・・・。
「・・・森崎・・・」
「部長!ポラリスの防御結界がすべて再設定されました。対象は“Xシリーズ”です。先ほども言いましたがメインサーバー室からの直接命令でこちらから解除できません。“Xシリーズ”は半数以上が結界内に閉じ込められ現在戦闘不能です・・・Xシリーズへの命令はどうされますか?オートですと・・・」
「ああ??なんだと!はあ?なんだと!ちょ!!はあ?バカが!Xシリーズはちょっと待て!」
「・・・森崎!」
「―――急げ!は?はい!西園寺社長!必ずや!」
何度も西園寺御美奈社長に自分呼ばれていたが全く気付いていなかったのだ。
それを特に攻める気もないように淡々と女社長は話している。
「先ほどから呼んでいますが・・・」
「す、す、すみません、しゃ社長」
「慌てる必要は全くないでしょう・・・?」
「は?はあ?お?と?と、と、と、と言いますと?」
何を言っているのだ・・・最悪の事態だ・・・都内が戦場になるのだ・・・何を言っているのだ、この若い女は・・・。
ほとんど表情を変えない西園寺社長は同じテンポで話を続けた・・・ただ森崎に、ではないようだ。
「いいですね。よく聞きなさい。ODCシステムをハッキングしてInbibe modeにしなさい。システムサブグループにアクセスして一時的にInbibe modeを起動するのです、管理者権限がありますから次元直結後、安定しているのなら可能なはずです」
すぐにオペレーターの1人が答えている。
「メインサーバー室を乗っ取っているテロリストに気付かれれば一瞬で解除されてしまいますが実行してよろしいでしょうか?」
「構いません。次元トンネルが安定しているなら逆に問題はありません」
全く森崎には意味が分からない・・・Inbibe modeは任意の対象物をこの場合はポラリスへ次元を越えて空間移送することを示しているのだ・・・どう考えてもポラリス管制塔の敵を排除して、メインサーバー室を取り戻さなければ何の意味もないのだ。
「しゃ、社長?そんなことをしても一時しのぎにしか・・・それに今アクセスすればこの司令部の場所が奴らに特定される恐れが・・・」
女社長の表情は変わらない・・・それどころか少し笑っているようだ。
「踊らされたようですね、“ニルヴァーナ”に。これは用意周到に計画されています。Xシリーズを倒しポラリスとODCシステムを乗っ取り、イリホビルの科学魔術開発機構・・・つまりこのビルを攻撃するのが“ニルヴァーナ”の狙いです。ついでにプライベートジェットを落として、西園寺財閥の代表である私もターゲットでしょう・・・複数の目的を同時に達成するつもりなのでしょう・・・」
「そ、そんな。それでは一体?すべて計画されていたと?」
できない子供のようにこの油ギッシュな男は聞くしかないのだ・・・どうしても考えがまとまらない・・・何を言っているのか・・・。
それに森崎にはもう振り絞る気力が無かった。
涼やかに説明が続くのだが森崎にとっては別世界の話しのように現実感がない。
「―――そう考えるのが妥当でしょう。“ニルヴァーナ”がODCシステムを手に入れれば、いつでも世界中のどこにでも侵入可能になります。テロリストにとってこれほど重要なものはないでしょう。これが敵の狙いでしょう」
「・・・つ、つまり最初から・・・“ニルヴァーナ”の狙いはODCシステムであったと?」
疲れて鈍くなった頭で必死に否定しようとするが・・・しかし、そうかもしれないとも思う・・・これほど科学魔術の粋を集めた次元環ポラリスとイリホビルが易々と攻撃を許すとは・・・。
「その通りです。ですからODCシステムで攻撃されポラリスに侵入するように計算した・・・。アメリカ西海岸とメキシコの3つの拠点の情報を西園寺法務部に流したのも、ジェット機を落としたのもすべて計算ずく・・・でしょうね。私が生きているのは予想外だといいですが。つまり“ニルヴァーナ”はポラリスに入るのが第一目標だったはず・・・です」
頭で整理しようと試みるが・・・そんな馬鹿な?・・・そんなことが?・・・どうしても森崎の中ではまとまらない。
「は、はぁあああ?はあ?そ?・・・そんなことが?」
女社長の顔は含みのある笑いをしている。
「ではここからは私が指揮をとります。異論ありませんね?」
異論など誰にもあろうはずも無かった。
―――地下5階では巨大なシャッター前に片目を黒の眼帯で覆っている咲原少佐とその部隊隊員たちが十数名いた。
皆、上から下まで真白である。
銃器で武装しているとはいえ彼らは軽装であり、マイナス60°の白い世界は現在とても静かだった。みんな顔も体も装備も霜だらけで白く吐く息だけが動いていた。
ここから脱出しなければならない・・・得体のしれない女召喚士など・・・とりあえずどうでもいい。
そもそも召喚士ではなく・・・人造魔獣ではないのか・・・?
・・・魔封結界のため魔力は地下5階では使用できない、そのため手持ちの銃器で先ほどまでシャッターを撃ちまくったのだが・・・爆薬も使ったがキズ1つ付かなかったのだ。
いくら凍結していてもシャッターやエレベーターが全く反応しないのもおかしいし、銃器や爆薬で壊れないのも理解を越えている・・・咲原の部隊は全員が召喚戦士である・・・しかし魔封結界さえ解除されればいつでもこんなシャッターなど破壊できる・・・はずであった。
―――この全員が凍死しかかっている1時間ほど前・・・。
まだ壁も隊員も凍ってはいない頃・・・かなりのスピードで部隊は展開していた。
あっという間に任務遂行完了するはずだった・・・全く持って思惑は外れたのだ。
問題の対象になっている・・・監禁され手錠されていた女性の独房・・・その周囲に吟悟会の人間は30名近くがうめき声を上げながら倒れていた、全員が立ち上がれないほどの重症だが命を落としている者はいない・・・それが咲原少佐を戦慄させた。
(わざとではないのか?)
鋼鉄の扉が引き裂かれていた・・・余裕で殺せたはず・・・だが命までは取らなかった・・・なぜだ?と考えた。
(その捕らえるべき女は恐るべき戦闘力だ・・・獲物をもて遊んでいないのだとすれば・・・我々に手当てをさせて足止めするのが奴の目的のはず・・・時間をかせぎ逃げる気か?)
咲原少佐は決めた。
「いいか、我々部隊は逃亡している対象者を全力で追う・・・この負傷者たちはそのままにしておいていい、救護班にまかせる・・・よし!前進!全員、安全装置を外せ!」
つまり敵と思しき影があれば撃っていいという意味だ。
一気に隊員に緊張が走る。
片目で咲原少佐が見据える壁はひび割れて一部崩れている。
・・・だがこの壊れた壁の有様は何だ?
(この力・・・人間ではなくて西園寺が作った人造魔獣なのではないのか?魔封状態では召喚士の能力は一般人と変わらない・・・魔封状態解除を進言した方がいいのか悩むところだが・・・米倉准将に取り入って大佐に上がるには西園寺の後押しがいる、何とか期待に沿わねばならない・・・)
―――だがその後、咲原の部隊は問題の地下5階をたいして探索できなかったのだ。
「気温が下がっております、少佐!」
「分かっている・・・」
徐々に気温が下がってきたのだ・・・そして急激に冷えてきた。
エアコンの故障なんてこの科学の粋を集めたイリホビルではありえない・・・。
眼帯をこすりながら咲原少佐は部隊員を見渡す・・。
部隊にいるのは厳しい訓練を潜り抜けた選り抜きのエリート召喚戦士たちだ・・・肉体も精神も屈強だ・・・少々のことでねを上げる者などいない。
(すぐ終わらせればいい)
だが・・・気温はあっという間に下がり・・・どんどん下がり・・・マイナス40°、50°を下回りあっという間に任務遂行は困難となった・・・部隊員の士気も急激に下がっていった・・・そもそも危険な任務だとの認識すらなかったのだ・・・暴れている一般人程度の戦闘力の女性を捕らえるだけのはずだったのだ・・・。
咲原少佐は部下の前で強がっていたが寒さで震えているのを隠すのは数分で困難となった。
(魔封状態なのだから魔法攻撃ではない・・・ではなんのだ?我々はなにと戦うのだ?)
何らかの方法で時間稼ぎをしている・・・それは分かるが・・・これだけコンディションが悪ければそのバケモノのような女に逃げられる可能性がある。
とにかく何らかの打開策が必要だった・・・もう吐く息が凍る。
「これ以上の任務遂行は困難・・・一班残して我々は防寒装備を取りに行く・・・いいな・・・対象者はまだ5階に潜んでいるということだ・・・封鎖されているためこの区画に必ず潜んでいる・・・気を引き締めておけ!対象者がいれば容赦するな!射殺していい!・・・捜索は一旦中止、襲撃に備えよ!」
魔封状態で未知のバケモノと冷凍庫内で戦わされるのはもう恐怖でしかなかったのだ。
咲原は癖になっている眼帯を右手の人差し指と中指でこする仕草をしている。
―――だが咲原少佐の思惑はまたも外れたのだ。
シャッターもエレベーターも凍り付いている・・・それは予想通り・・・それだけではない。
質量変換を起こして硬質化しているとの探知機器で調査した部下の話しだった。
「どうなっているんでしょうか?少佐?」
分かるわけが無い・・・。
シャッターもエレベーターも動かない・・・。
咲原少佐の部隊はマイナス50°の冷凍庫の中に閉じ込められたのだ。
得体のしれない魔獣とともに・・・。
・・・機銃の音がこだまする・・・。
銃器では全くシャッターに傷が付かない・・・魔力は魔封されていて使えない。
魔封解除要請も無視され、救援要請も無視・・・まさか西園寺社長は我々を見捨てたりはすまい・・・軍部にパイプが欲しいはずだ・・・それが自分だ。
ひょっとして上階の司令部に直接攻撃があるのではと思う程に要請は無視され続けた。
数名が床に座り壁にもたれ・・・動かなくなっている者もいる・・・。
そしてとうとうビル内だというのに雪が降り出したのだ・・・風も吹いている・・・急速に体温が奪われていく。
(これは・・・一体・・・これは任務遂行不可能だ・・・それに全滅する恐れがある・・・しかしこれは呼び出せれたこと自体が何かの罠か?・・・どうする・・・手立てがない・・・)
・・・数分後、咲原少佐は立ったままで気を失いかけていたところ・・・。
「あああ!!なんだ!これはっっ!・・・」
1人の隊員の叫び声でで咲原少佐ははっと我にかえった。
・・・身体が光っているのだ・・・部隊員の身体が・・・自分の身体も・・・。
(おお!助けだ!助けが来たのだ!)
―――イリホの指令室は雰囲気が様変わりしている。
別人のように肩を落として森崎は長椅子に座っており、代わりに華麗に西園寺社長が腕組みしながら優雅に立って指示を出していた。
オペレーターの女性が報告する。
「地下5階の全員をポラリスへ空間移送いたしました・・・“ニルヴァーナ”が侵入した形跡はありませんが、もし侵入していたとしてもポラリスへ送り返しました・・・現在地下5階は女召喚士も含め無人です・・・生命反応はありません・・・さらに・さらに!さらに次元トンネルもなぜか、しょ、消失いたしました」
「次に次元環ポラリスの座標値を変動させなさい・・・力場へのアクセス権限を解放します。全座標値を変更するのです」
涼やかな声で西園寺御美奈の指示は次々に続く。
静かに男性の声がした。
「一時的にポラリスの座標を移動させることで戦闘を回避するつもりですかな・・・見事です。思いつきませんでした。もともと不安定だったポラリスを安定させるための次元軸に干渉することを思いつかれるとは・・・社長・・・なるほど時間が稼げますな。自衛軍と米国陸軍に援軍を頼む必要があります。その時間を作るとは・・・本心からさすがと言えます。お世辞ではなく素晴らしいです・・・その上、再度次元座標を計算するには専門家のいない“ニルヴァーナ”には少々時間がかかるとお考えですかな。さらに地下5階のトラブルをポラリスへ移行されました・・・問題個所を一ヵ所にまとめるとは感服いたしました・・・」
少し頭を冷やしたようだ・・・森崎は冷静さを取り戻している・・・別人のような話し声だ。
もともとは優秀な人材なのだ・・・もともとは。
さらに森崎は理解したことを話している。
「・・・社長の言う通りでした・・・あの女召喚士は“ニルヴァーナ”の先兵だったのですな・・・ODCシステムのコネクション場所をこのイリホビルの地下中央に設定するために・・・ただそのためだけに送り込まれた・・・まんまとこの森崎はテロリストをイリホビル中核に入れてしまった。次元直結はつまりアナログ的に行われた・・・“ニルヴァーナ”にODCシステムの専門家がいないのですから当然ですな・・・ふう!・・・取り乱して申し訳ありませんでした。それでは総理官邸とホワイトハウスに応援を要請いたします。ポラリスのことが明るみに出れば西園寺は各方面から叩かれるでしょうが仕方ありません・・・なるべく危険な研究や兵器は隠蔽を試みますが・・・すべては隠し通せんでしょう。地下5階の生命体をすべてポラリスへ送ったのは正解ですな・・・思いつきませんでした。あの女が特異点だったのだとすればポラリスがイリホと繋がることはしばらくありますまい・・・次元トンネルを安定させる能力者だったとは・・・まったく役に立ちませんでしたなわたしは・・・」
そうは言うものの目には、表情には力が戻りつつある。
「冷静さを取り戻しましたね。森崎・・・第2拠点を落とすまでは見事でした。そう悲観することはないでしょう・・・さらにあの女召喚士はデータベースにアクセスしていたようですね。魔封状態でどのように魔力を使ったか不明ですが、それももう問題ありませんし・・・どんなデータが盗まれてもそれも問題ないでしょう・・・ポラリスへ送り込み・・・そして出てくることはないでしょう」
「なるほど、分かりました。それではまず総理官邸へ連絡いたします。まずスピカのODCシステムを使用して自衛軍をポラリスへ送る必要があります」
「その必要はありません。ポラリスの次元座標を力場から干渉し最速で変更しなさい・・・できる限り早く・・・もっとです」
「は、はい」
「あまり不安定にしますと軍隊を送り込むのが困難になります・・・奴らがODCシステムを使いこなし逃げる前に軍隊を送り込めるとは思いますが事は急を要します」
冷静さを取り戻した森崎はモニターのあらゆる数値を読む余裕が出てきている・・・先ほどまでとは別人のようだ。
「社長・・・変数をそのように・・・おお?そんなことをしますと・・・探すのが困難に・・・」
西園寺御美奈とオペレーターは小さな個人用モニターを覗き込んでいる。
「どの程度のスピードで変更できますか・・・」
「一秒間に1回から2万回程度までが限度です」
大きなスクリーンをみている森崎はとあることに気付いた・・・これはまさか・・・。
「社長・・・座標軸に干渉しすぎています・・・それでは・・・まさか・・・まさか社長・・・それはまさか・・・それは・・・その損失は・・・」
「そうです・・・総理官邸に連絡は要りません。ポラリスは異次元を4000年間さまよい、探すのも内部へ侵入するのも極めて困難でした。不安定で次元座標が変動するため何度も事故が起こりました。そして座標を固定するのに当時の西園寺科学技術研究所の科学者は次元に干渉する力場を作り安定させた・・・とても苦労したと聞いています」
「そ、その通りです・・・まさか社長、」
「ポラリスを放棄します」
森崎の次の言葉は遮られた。
!!!
顔面蒼白の森崎は時間が止まるほど派手に驚いた・・・どれほどポラリスに心血を注ぎ、時間を莫大な金額をかけてきたか・・・それを手放すのか・・・。
「おおお!まさか・・・おおお!それは損失を考えますと・・・いやいやそれしかない・・・?」
「次元座標に干渉し続けポラリスを特定困難といいますか特定不可能にします。1秒間に2万回座標移動を行い・・・非観測区域に数分でたどり着いた時点で次元固定力場から完全に切り離します・・・事実上ポラリスは完全に消滅します・・・ポラリス内からはODCシステムを使用してもポラリス外へ出ることは事実上不可能に・・・さらにこちらから座標特定するのも極めて困難となります」
「おおお・・・・おおおお・・・・ポラリスには二度と入れず、二度と出れない・・・」
「ポラリスの発掘は8割がた終わっています、様々な利益がありましたが・・・ポラリスの存在が諸外国の知るところとなる方が西園寺には不利益ですし、今回の“ニルヴァーナ”殲滅も予定通り終了となります・・・今回の一件が“ニルヴァーナ”の罠であったとしても同じこと・・・“ニルヴァーナ”の欲しがっていたODCシステムですが・・・ODCシステムは自分たちの座標が安定していなければ使用できません・・・ポラリス内の移動は便利でしょうけれど・・・それで納得していただきましょう」
「おおお・・・そんなことを一瞬で・・・お考えに?」
この方は凄まじい・・・。
て、天才だ・・・。
この決断力は・・・。
「実行しなさい」
「りょ、了解いたしました・・・その変数通りに行いますと数分で・・・固定力場から離れ・・・ポラリスは座標予測も非常に困難になります」
なぜこんな分かっている事しか言えないのだ情けない自分は・・・この方をリーダーにしたのは正しく正解だ。
「森崎・・・今日中にこの部屋の端末を初期化して完全に破棄しなさい・・・あらゆるデータを残さないように・・・公になればあなたの首だけではすみませんよ・・・ポラリスなど最初から無かったのです、いいですね?」
「おおお・御美奈さま・・・素晴らしい・・・なんと・・・素晴らしい・・・か、解決してしまわれた・・・なんという決断力と知力だ・・・」
「幹部会にはポラリスの消失はODCシステムの暴走だと説明しなさい・・・適当に資料を用意しておくように・・・地下5階の惨状もODC暴走の余波とういことにしなさい・・・咲原少佐の部隊は地下5階の異常空間振動の探索中にODC暴走に巻き込まれたことにしなさい・・・責任をとらせる人は分かりますね?」
森崎部長は心の底から安堵し忘れていた忠誠心がほんの少し湧いてくるのを感じていた。




