3-4-5.竜の迷宮⑤
―――長い夜は続いた。
紅いフルムーンが深い林の中の広場を妖しく照らしている。
広場と言っても円形では無く古代の儀式の場所なのだろうか。
石柱や石像も立ち並び、石で舗装された道が中央へ続いている。
魔法による爆音や金属音・・・怒声や嬌声がコダマしている。
おおよそ300人程の召喚士がキャンプしていた広場は魔族、魔獣、ゾンビに包囲された状態から戦闘が開始されてもう数時間経っていた。
観察し・・・観戦していた僕こと・・・神明全は自分にとって脅威となるいかなる存在も知覚できないことから・・・参戦していた。
竜殺槍を横薙ぎに一閃して数体のバラエティ豊かな魔獣を月明かりの下でバラバラにしていた。
「すげえ、すげえっす。じんめさん・・・いやじんめサマ・・・」
岩陰からついさっき知り合ってパーティを一応組むことになった但本央介くん・・・ふたつ年上はずっと僕を称賛している。
とにかく魔獣の数が多い・・・ゾンビは大したことないが・・・。
数を減らすのが先決だが岩に木々に遮蔽物も多い・・・。
一体ずつ的確に仕留めていこう・・・。
―――我々を攻めているのは9体の魔族だ・・・この9体がリーダーと言っていい。
このリーダーたちが魔獣やゾンビを操っている。
こいつらの連携を崩せば・・・魔物たちの連携が崩れることは天才軍師アフロに聞かなくても容易に予想が着いた。
・・・首から上を失ったメタリックな光沢のある爪の長い魔物が僕の目の前でゆっくり倒れる。
下級魔族9体のうち僕が3体めを狩り殺したのだ。
・・・この異常を察知して残り6体は甲殻系の魔獣をしんがりに残して撤退し始めたのだ。腕のいい教官がいるようで遠隔攻撃をされてさらに下級魔族2体が消滅したのを感じる。
数が大幅に減っているが残された召喚士たちも戦闘に慣れてきている。
叫び声や悲鳴はほとんど聞こえなくなていた。
・・・残された魔獣は数こそ多いが統制は既に壊れており、予想通りそれほどの脅威ではなくなりつつあった。
もともと300人以上いたのだ・・・召喚戦士が、だ。
余裕で倒せるはずなのだ。
最初に現れたゾンビが350体に魔獣130体くらい・・・まあその後、魔物の援軍は次々とやってきたのだが。
まあ虚を突かれると脆いという典型か。
・・・厳しいことを全学園周回で怒鳴っていた桔梗サン、あなたは正しいよ。
常に戦場と思えと・・・そんなことも言っていた。
・・・そして周りは魔獣の死骸だらけだ。そして動かなくなった魔獣の上で白いプカプカ浮いているのはなんだ?危険ではなさそうだが・・・む?
安全そうだけど・・・。
左手を恐る恐る伸ばしてみる・・・。
僅かに温かい・・・。
おや?
・・・身体に入ってくる?
今まで読んだ次元環の文献を思い出してみる・・・。
ひょっとして白色魂魄・・・?だったか・・・強力なえっと・・・魔晶石の基になるんだっけ?
身体に入って安全なのか?
真後ろから気配がする。
「うおおお、めちゃめちゃ強いスね。すんげーっす!」
組むことになった但本くんが岩陰からガチガチに緊張しながら出てくる・・・こっちをガン見して感動しながらも腰が引けている。
まあしかし、戦ってよかった。
やっぱり実戦はいい練習になる・・・矛盾しているようだが・・・的があるのは良い・・・手加減もいらないし。
体に入ってきた白色魂魄のことはあとで考えよう・・・僕の魔力の一部と同化しているようだ。
あたりは色んな匂いが立ち込めている。
多くは魔獣のケモノの匂いだろうが・・・他にもある。
恐らく血の匂いだろう・・・。
―――その後も別の魔獣の集団に何度も広場は襲われたのだ。
残された召喚士たちの疲弊もマックスだろうが敵は待ってはくれない。
こいつら毎晩来るのかな・・・。
―――ウワ―!!何回来るんだ!!
―――殺す!!殺してやる!!
―――起きろ!もっかい円陣だ!
だが死人はそれほど増えていないようだ。
これだけ戦えば集団戦闘の最低限のイロハは誰でも覚えれるのだろう。
「ひぃいい。じんめサン。また魔獣が来てますよ!またまた!ひぃいいい・・・」
2頭ほど手負いの魔獣が迫る・・・。
だが但本君の目の前で力なく倒れこみ動かなくなった。
竜殺槍で2頭とも僕が一瞬で刺し殺したのだが彼には見えなかっただろう。
―――あたりを見渡す。
野営するはずだった場所は襲ってくれと言わんばかりに周囲から丸見えで今は右手に30人ほど、左奥に50人弱しか召喚戦士は残っていない。
多くは逃げて・・・あとは・・・動いていない。
350人はいたはずだが・・・どれくらい生き延びたのだろうか。
魔獣の死骸の上に漂う白く丸い霊体のようなものをいくつか僕は身体に取り込んでいる。
文献通りなら役に立つはずだし・・・確か・・・。
ドサッ!
岩場の上から但本君の目の前に何かが転がり落ちて来る。
同時に但本君が騒いでいる。
「うっはぁあああ!」
落ちてきたものを見てさらに驚き続ける。
「ひぃいいいええええ。し、しし。死体だ。ほ、本物じゃないよね。じ、じんめサン。じんめサマ」
「本物ですよ」
「いや、あのそうじゃなくって、これは研修なんだからさ。研修で死ぬわけがないよね。こ、これは何かのテストで・・・」
さっきもこんな会話しなかったか?
歩きながら僕らは話している・・・自分は冷静に隙無く音無くあるくのだが・・・但本君はガッチャガチャ歩いている・・・ああ、そうか。夜目も強化できないのか。
「2つ可能性がありますが事故かテロか・・・どちらにしてもここは研修先じゃないですよ。我々は別のどこかに送り込まれています・・・そうだ」
そうだ・・・そろそろ敵も減っているしいいだろう。
近くにいるのは霊眼で見えている、会ってみよう。
「あああ、待って、待ってじんめサン。置いてかないで、ぅわああああああ」
対した段差もない岩場を転がり落ちてくる。
面白い人だな・・・この但本とかいう大学2年生。
空が白みかけている・・・夜明けだ・・・紅い満月はもう見えない。
血まみれの惨劇の中なのに・・・朝日は美しい・・・キレイなものはキレイだ。
結局かなりの数の魔獣とゾンビを屠ってしまった。
今戦闘のMVPは間違いなく僕だろう。
「綺麗だな・・・そうか人工物がないからかな、驚くほど大気が澄んでる・・・」
自分でもこんなこと呟くなんてと言いながら朝焼けを見て思った・・・場違いだな。
「ななな、なに?なにが?」
「いや、きれいな朝焼けですよ」
「す・・・すげえ・・・すげえ、すげえっす。言葉もないっす。余裕っすね・・・ああ・・・確かにキレイ・・・って・・・あああ!げええええ!うわぁぁぁぁ!これはっ!!こんな!!」
朝日が差し込んできて昨晩まで大学生だった何かがそこら中に転がっているのを見て驚いているらしい・・・一つ“赤い球”がプカプカ浮いている・・・魔族や魔獣を倒したときに出現する白色魂魄に似ているが・・・似ているとすると赤色魂魄と言ったところか・・・赤色魂魄なんて文献では読んだ覚えが無いが。
知らないものは触れないようにしておくか・・・慎重にいくべきだ。
あの“赤い球”を魔獣たちは奪い合っていた・・・なんなんだろう。
「おーい!君たち―!無事かーー!」
向こうから見つけてくれたか・・・優秀だ・・・遠隔攻撃で魔族を倒していた教官だ、目もいい。
プロの身のこなしで軽やかに僕たちに近づいて来る。
武器はアフロと同じロングライフルのようだ。
そして、ついさっきまで何かしらの術で戦っていたのだろう。魔装鎧の両肩から湯気が出ている。
男の教官だ、30代後半だろうか。
安全を確認しつつあっという間に距離を詰めてきた。
「おはようございます」
「おお?ああ!・・・おは・・・おはようというか、2人か君たちは」
「はい」
「おおおおお、おお!いき、生きている学生が・・・よかった・・・生きて・・・」
教官は僕らを不思議そうにジロジロ見た・・・まあ僕は敵が弱すぎて槍は持っているが魔装していないし但本くんは魔力レベルが低くて魔装できるレベルじゃないし・・・魔装していないのが妙な印象を与えているのだろう。
魔装できないレベルの低い召喚士の大半は朝を迎えられなかったからだ。
「とにかく無事で何よりだ」
「きょ、教官さま!早く!早くお家に帰りましょう!」
「ああ、そうなんだが・・・」
そんなことより聞くべきことを聞こう。
「あの教官、一つお聞きしたいことがありまして。先生方・・・つまり教官が少なすぎませんか?一つのゲートにおよそ100名以上いるはずですよね?」
「ああ、その件なんだがすぐおかしいと気づいてね。転送装置の故障なのだろうと本部に連絡しようとしたのだが繋がらなくてね、ゲートも再開通できずにいて何度目かの再トライしていたら・・・この騒ぎでね。パニックにならないように問題が発生していることを昨晩は伏せておこうと他の先生方と話したのだが裏目に出てしまった・・・」
裏目って・・・汚れた手で頭をかきながら言われても。
それにしてもやっぱり最初からおかしかったわけだ。
「ええええ!さ、再開通しないって!どどどど、どうやって帰るんすか?俺ら?俺らは」
「いやいやそれはすぐになんとかなるだろうから、まずそう。負傷者を手当てして・・・いやまず安全確保で君たちはゲートのあったあたりで待機してくれ。ほかの先生たちが野営しているはずだ。私は生存者を探さねばならない」
近くに生存者はいない・・・この教官、探知能力は高くないのかな。
それより今もっとも重要な質問がある。
「それよりもう一つ質問ですが・・・ここは、どこですか?」
少し間があったが答えてくれるようだ。
「・・・そう、そうなんだ。カノープスは知り尽くしているはずなのだがこんな場所は見たことがない。何らかのトラブルで研修先とは別の次元環に飛ばされている可能性があるとしか・・・」
「えええええ!どこだかわかんなくて帰れるんすか?」
ええい、騒がしい子やな、全く。
「ああ。それは大丈夫!大丈夫だよ、向こう側でも大問題になっているだろうからね。ゲート近くで動かず待機していればすぐに救助部隊がわんさとくるだろうよ」
一晩待って来ないのに?
ダメだ・・・情報源としては・・・この教官。
「教官、ゲート付近は地形的に襲われやすく守りにくいですからもう少し安全な場所を待機場所にするべきですし・・・」そして多分、救助部隊は来ない・・・そう言おうかと思ったがやめた。時間の無駄だ。
「ああそれは検討しておこう」
「それにここがマルカブだったら、すぐには出れませんよ。救助隊も座標が特定できない可能性が高いです」
・・・予想通り僕の言葉を聞いて・・・顔まで黒く汚れている教官は口を開けて動かなくなった、目が泳いでいる。
「ま、マルカブだって?次元環マルカブ・・・失われたマルカブ?マルカブだって?そんな可能性は?100年前に失われた?あの・・・いやありえない」
「ええええ?丸株ってなんすか?」
まあこの教官も色んな意味で“僕の敵”ではなさそうだな・・・。
これ以上得るものはないか。
「では教官、我々は安全なところで待機しますのでご心配なく」
「ああ、一緒に行こうか?」
「いえ教官は生存者をお探しください」キッパリと断っておこう・・・調べることが山ほどある。
「えええ、お、俺たちだけで行くんすか?」
ウルサイ子やな・・・この大学生は。
―――教官はその後、2回ほど我々を送っていくと言ったが断った。
「とにかくゲートへ向かいなさい!なにかあれば大声を出すように!」
そういって教官は走り去っていった・・・そっちに生存者いませんけどね。
さて・・・と。
顔が引きつっている但本くんと僕は2人きりで林の中を歩く・・・遅いよな・・・鈍足だ。
この人持って飛ぶか・・・。
「あああの?じんめサン?あっちですよね?ゲートは確か?」
「ゲートというか我々が入ってきたところはもう開きませんよ、行く必要ありません」
朝日が眩しい・・・昨晩の惨劇がなければいい散歩日和なのだが。
「ええええ。それは一体、えええっと?」
「我々は想定外の次元環に迷い込んでいます。座標が特定できるなら15分かからずに救助が来ますよ、来ないと言うことはそういうことです。我々がどこに飛ばされたか分かっていない」
それどころか・・・次元環マルカブなら確か・・・。
後ろ髪をひかれながら但本くんはゲート方向をまだ指さしている。
そうマルカブであればゲートは・・・恐らくもうしばらくは開かない・・・ああ、考える時間が欲しい。
「まあ逆にチャンスだと思って・・・なんとかしてみるか・・・」珍しく独り言を言っている自分がいる。
「ああ信じられないなら1日ぐらいゲートのあったとこで待ってみますか?別行動になりますが。たまに魔獣も襲ってくるでしょうけど」
どうせしばらく足手まといだから、まあいいか。
捨てていこう・・・。
おやおや?
えらい剣幕で目の前位に来て両肩をガシっと掴まれた。
「いやいやいやいや、まああのじんめサンが言うなら、信じます。信じますとも。それにじんめさんと一緒なら安全そうだし・・・可愛いし・・・いやいやいや!いやそれにしてもメッチャ強いんすね。めっちゃ美人ですし。一瞬で魔獣を何体も倒すなんてとても女子高生とは思えない、高校生最強クラスですよね」
こいつ・・・やっぱり。
「い、一応全国大会は個人戦も団体戦も優勝しましたよ、まあ最強かは不明ですけど」
「えええええ!や、やっぱり強いもんなあ」
この人、驚きっぱなしだな。
そしてこれは、これだけは正さねばならない。
「あと髪は故あって長めですけど僕は男子高校生ですからね」
「ええええええええええええええええええええ!・・・え?ええええ?ええええ!」
何をしても普通っぽい但本くんは今日一番大げさに驚いた。




