悲しみの先にある物
「また負けた……」
男は誰かに問う。一度だけ夢を見させてほしい
と。勝利という二文字をいただけないかと――
そして最後に空一つ見えない曇天を見上げながら今日の出来事を思い返す。
「つまんな……」
と誰にも耳に届かないであろう声でそう言っ
た。
「やめて、顔だけはやめて……」
ここは夢なのか現実なのか。周りを見渡せばお父さんがリモコンのような物を片手に持ちながらお母さんと喧嘩をしていた。
僕は何をしているのだろうか。お母さんを助けなくていいのか。足が震えて動けない。歯がガタガタと震えて声も出せない。
刹那、お父さんが何かをを振りかぶったーー
「やめろ!!」
視界にはぼんやりだが真っ白で平面に広がった天井。
「夢かよ……。しかも涙なんて出てやがるし。何年ぶりだろな、いろいろと」
(想楽にだけは手を出さないで!私が全て悪いから…だからこの子にだけは)
夢を見たせいなのか、あの頃の記憶が蘇る。想楽にとってこの出来事はトラウマでしかなかった。
想楽は一つ上に姉もいて四人家族だった。小学生の頃は、友達も沢山いて活発な男の子。母と父は酒が大好きで、父は仕事帰りにはいつも酒を手にしていたほど。しかし、母は夜になる外で飲み歩いてしまうことが多かった。
想楽が十三の頃には月の半分以上はいなくなってしまった。父は我慢していたのだろう。
家族というのは、母は子供を学校へ送り、家事という名の仕事を、そして子供が帰ってきて夕飯の支度。そして父は夕飯までは仕事を頑張り、帰って来た頃には温かい家族とご飯。
現実は違った。帰ってきても夕飯はない。子供達はお腹を空かせている。家事という名の仕事放棄。ここまでが喧嘩の始まりである。
結果的には父とは別居になってしまい、会うことはなくなってしまった。後悔が残る日々が続いた。そこからはもう思い出したくも無い。中学生になればまた楽しい学校生活が待っている。そう思っていた。
不幸は連なる。孤独の世界へと引き摺り込まれた。影からの罵倒は勿論、無慈悲な暴力、無視、
一人の仲間させも許さないクラス。ここまで世界は変わってしまうのか。夢であってほしい。これは悪夢だ。小学校の頃の楽しい日々が夢だったのか。親友だと思っていた奴させも、もういない。
想楽はもう、感情というものが欠落しつつあった。
今はというと高校は無事に卒業して一年が経つ。ただただ何も変わらない、同じような日々の繰り返し。就職もせず、アルバイト。稼いだ金はギャンブルに使っていた。欲しいものがなかった想楽は、貯金をするではなく快感を得るために使っていた。一度依存症になったものは大金を掴み取ると、その快感をまた得たい、病みつきになるあの効果音、金が増え続ける快楽。
「……何やってんだ俺」
だが、想楽は今日もただただ同じ日々を繰り返す。
(一体いくら負けたのか……次は勝つ!次万発だしたらやめる)
そう思って何度負けた、何度後悔した。あの時のように。
(もう一度くらい、俺にあのときの快感をくれよ)
想楽はそのギャンブルに身を染めてすぐに、十万という楽に手に入れることのできない大金、勝利を手にした。しかしそこからはもう、降格。一直線に下グラフ。
「よし!気合いれて今日こそ勝利を手にして最後の終止符としようか」
想楽の人生がこの日幕を閉じるとは、想楽は思いもしなかった。
敗北。
「また負けた。」
まだ外は明るい。しかし空は灯りも許さない曇天。そんな天を見上げながら彼は呟いた。こんな日々をもう一年は続いてる。一度も勝利を掴めない。金が欲しいわけではない。ただあの快楽をまた得たい。そんな願望を追いかけるのも疲れつつ
あった。
この外にも響く騒音の鳴り止まない店を後にしたすぐの出来事。そこは人通りのない裏路地にて、まだ真夏で在ろう季節に寒気がした。
刹那ーー
痛みよりも先に、驚愕を覚えた。いつも感謝はしていたと思う。そんな言葉を脳裏に浮かんだ。ここで出逢うとは想像もしていない人に殺されたのだから。
「お母さん……な、ぜ、、ここに」
想楽は当然ギャンブルの話は家で一言も会話に出していなかった。だが店に出入りするところを見られていたのなら話が違ったかもしれない。だが、想楽は後悔はしなかった。
(これは死んだか、まあ糞みてえな人生だったから別にいいか。だけど謝りたい。お母さんをあの時助けてあげられなかったこと。見てるだけしかできなくてごめん。高校は学校サボりまくってごめん。卒業してもこんなニートみたいなことしてて、迷惑ばっかかけて、恩返しもできなくて、、ごめん。こんなゴミみたいな人間でもここまで育ててくれた人に殺されるなら……死んでもいいかな。ありがとう)
そこには、涙を堪えきれずに地に伏せる母、別れを告げられなかった想楽の姿。カラスの囀りが彼の終止符を告げた。
「おま、ちょまておま!おーい聴こえてるか」
耳元に響く声に目が醒めると、そこは見慣れた自分の部屋であった。だが違う点があった。見たこともない、掌と同様の大きさで天使のような白い羽が特徴の妖精が側にいること。
「俺死んだと思っていたが、夢だったか?それとも実は生きてて部屋で眠っていただけか」
今の状況をすぎには把握できない想楽は、あの死んだときの出来事を思い出していた。傷跡はもう無くなっていて痛みもなかった。動揺している側からずっと話しかけてくる、赤眼のした可愛らしい顔を近づけてきた。
「おま話きいてるか?ここはもう現実ではないですぞ。今はお前さんの命の灯火が消え掛ける数秒前に、おいらが少し時を止めさせてもらっているわけだ!そしてここはお前が想像した世界、一般的には夢と言えばわかるじゃろ」
「は?理屈はわかったが何故俺にそんな意味もないことをした?ここが夢ならこのちっこい妖精は俺が無意識に想像したってことか。そんなんどうでもいいんだよ、俺はもう死んでも悔いはない。生き返りたいとも思わないし、もう楽にさせてくれ」
想楽はもうどうでもよかったのだ。死んで全てを忘れ楽になりたかったのかもしれない。
でも妖精はそれも全て分かっているに違いない。ここは俺が想像した世界、夢なのだから。ならなぜ?と思った矢先に自慢げに妖精が身を自由自在に動き回りながら答えた。
「悔いはないといったが?それは嘘じゃろ。無いのであれば死際にお前さんは母親に謝罪したりはしない。あるとすれば親孝行。そうじゃろ」
俺は俯きながら涙を流せざるを得なかった。何も取り柄もない自分。しかし単身赴任でもなお仕事をし、ご飯も作り当たり前のことだと思っていたことが本当は大変だったということ。
「……なぜ俺は気づかなかった。こんな意味もないギャンブルに、願望なんか持って……稼いだ金全部注いでもなお、本当に大切なことに気づかなかった」
「そうじゃ。だが、死んだ後では遅いがそれに気づけたのは良いこと。そんなお前に新しい命をやろうと思う」
想楽は話の意図が見えず、涙であふれた顔を上げた。
「新しい命……」
「お主が良ければじゃが、おいらと契約する代わりに第二の生を始めることができる。体と歳は引き継がれ、そのままの姿じゃがな」
「契約?」
「そうじゃ。前の世界での生は幕を閉じたが、次の世界でまた始めることができる。言わば奇跡!契約の代償は命のリミット。2年じゃ」
「次の世界ってことは、元の世界ではなく別の世界ってことか?どんな世界なんだ?」
別の世界であるならば、今まで生きていた人生とは違う道を歩めるかもしれない。しかもファンタジーな世界が好きな想楽はそんな夢にもないことを想像していた。
「世界は新しく作り出された世界、言わば創造じゃ。全くの無からじゃが、今までいた世界とは全然違うとこじゃろう。おいらにも分からん」
「なるほどな。だがこんなことして、俺の悔いがない話には繋がらないんじゃないか?」
「おいらはお主の想像で作られた存在。じゃが、お前の頭の中には母親への想いが強かった。そしておいらは見てきた。」
「見てきた?」
「そうじゃ。母親の感情、お主に対する想いをな。そこにはお主への善悪があった。ギャンブルに染まったことを知ったお主を許せなかった想い。だが、やはりお主には輝かしい未来を望んでいた。今までのお主にはそれが見えなかったのじゃろうな」
妖精はここで契約の理を条に従い、唱えながら陣を描き始めた。
「だからお主に捧げよう。おいらは待っていたのじゃ。お主は一言で言えばゴミのような人間。軽蔑されてきたじゃろ。しかし底に眠る感情に惹かれた。さあ決めるのじゃ」
俺はこんな意味もわからない状況なのにもかかわらず、答えは一瞬だった。堪えきれない悲しみ、いや、今は嬉しいのかもしれない。お母さんがこんな俺に望んでくれていたことがあったことに。その想いを叶える。これが俺への宿命。
「やってやる!2年も命をくれるなら充分だ。契約しろ妖精。俺はもう逃げねえ。だからここからが俺の戦いだ」
想楽は誓う。どんな苦難に会おうとも決して諦めない。こうして、新しい人生が再び幕を開けた。