従軍記者の日記 99
「まあ仕事の話はこれくらいにしてと……」
嵯峨は立ち上がると部屋に備え付けの冷蔵庫を漁った。手にしたのは日本酒の四合瓶。ラベルは無かった。
「ホプキンスさんは日本酒大丈夫ですか?」
「ええ、好きですよ」
そんな言葉を確認すると湯飲みを三つ嵯峨は取り出して並べる。
「まあ、遠いところ無駄足となるとわかって来てもらったんだ」
嵯峨はそう言いながら湯飲みに酒を注ぐ。
「話は変わるが、東和経由かい?」
そのままなみなみと日本酒が注がれた湯飲みを別所に差し出す。
「ええ、茜様にも……」
「おいおい、様はねえだろ。あんな餓鬼」
そう言いながら酒を舐める嵯峨。
「それより、楓はどうだ?お前が鍛えてんだろ?」
「楓様は非常に筋が良いですね。この前も特戦の模擬戦で苦杯を舐めましたよ」
「へえ、あいつがねえ。道理で俺も年を取るわけだ」
嵯峨はそう言いながら再び立ち上がる。そして戸棚から醤油につけられた山菜の瓶を取り出した。
「とりあえずここいらの名産のつまみだ。酒も兼州のそれなりに知られた酒蔵なんだぜ、胡州や東和の酒蔵にも負けてないだろ?」
嵯峨はニヤニヤと笑いながら別所が酒を飲む様を見つめていた。
「それと康子様から……」
嵯峨はその言葉を聞くと電流が走ったように硬直した。クリスは驚いた。恐怖する嵯峨を想像していなかった自分に。
「どうしたんだ?姉上が……?」
西園寺基義の妻、康子。戸籍上は義理の姉だが、血縁としては康子は嵯峨の母エニカの妹に当たる。胡州王族の有力氏族カグラーヌバ家の娘でもあった
「康子様はおっしゃられました……」
「信じたようにやれ。か?」
「はい」
嵯峨はとりあえず肩をなでおろして静かに湯飲みの酒を舐めた。
「それが一番難しいんだがねえ」
そう言うと瓶から木の芽を取り出して口にほうりこんだ。