従軍記者の日記 97
「秘術の安売りは命を縮めますよ」
シンにそう言いながら嵯峨は満足そうにタバコを吸った。
「伊藤、志願兵の方はどうなってる?」
嵯峨の言葉に伊藤が我に返った。
「現在五千人になりましたが、この有様ですよ。まあ一万は軽く越えるでしょうね」
伊藤の言葉はもっともな話だった。森から現れるゲリラの流れは本部前まで延々と続いていた。
「偽善者の真似事の効果にしちゃあかなりの成果だなあ」
嵯峨はそう言うとそのまま本部ビルに向かって歩き始めた。クリス、シン、そしてシンがその後に続いた。そして本部ビルの前に一人の男が立っているのが見えた。
「胡州海軍?」
その男の制服にクリスは息を呑んだ。その腕の部隊章は胡州海軍第三艦隊教導部隊の左三つ巴に二引き両のエンブレムが描かれていた。そして胸には医官を示す特技章が金色に輝いている。
「別所!忠さんは元気か?」
嵯峨は気軽にその胡州海軍少佐に声をかけた。クリスはその言葉で胡州第三艦隊司令の赤松忠満少将の名前がひらめいた。そして現在政治抗争の中にいるその主君西園寺基義大公が嵯峨の義理の兄でもあることを思い出していた。
「まあいつも通りというところですよ」
淡々と答える別所と呼ばれた少佐。彼は三人を出迎えるように本部ビルの扉を開いた。
「ああ、ホプキンスさん。紹介しときますよ。彼が胡州第三艦隊司令赤松忠満の懐刀、別所晋平少佐ですよ」
静かに脇を締めた胡州海軍風の敬礼をする男を眺めた。別所の名前はクリスも知っていた。前の大戦時、学徒出陣が免除される医学生でありながら胡州のアサルト・モジュール部隊に志願。赤松の駆逐艦涼風の艦載機の九七式を駆ってエースと呼ばれた。戦後も赤松大佐のそばにあり、今は西園寺派の海軍の切れ者として知られる男。
「私の顔に何かついていますか?」
そのままエレベータに向かう別所が声をかけてきた。
「いえ、それにしても何故?」
「いいじゃないですか。とりあえず部屋で話を聞きましょう。シンの旦那。とりあえず上の食堂で隼と暇を潰しといてください。ホプキンスさんは来ますか?」
嵯峨の投げやりな言葉に、クリスは大きく頷いた。
「じゃあ行きますか」
開いたエレベータに嵯峨は大またで乗り込んだ。