従軍記者の日記 95
「嵯峨惟基中佐。先導お願いします」
「わかりましたよー」
シンの言葉に返す嵯峨はいつもののんびりとした調子に戻っていた。滑るように森の木々すれすれにカネミツが飛行を開始する。
「なるほどねえ、シンの旦那が虎と呼ばれる理由もよくわかるわ。動きに無駄ってものがねえな」
嵯峨はそう言うとまたタバコを取り出して火をつけた。渓谷の峰にちらほらと山岳民族のゲリラ達が嵯峨の機体に手を振っている。
「山岳少数民族の救援劇。そう書いてもらいたいと言うことですね」
クリスの言葉は嵯峨の笑顔に黙殺された。沈黙が続く。クリスは話すつもりの無い嵯峨から意見を聞こうという意欲を無くしていた。そうして沈黙のまま嵯峨のカネミツとシンのシャレードは基地の格納庫前に着陸した。クリスは周りを見渡した。その風景は出撃前とは一変していた。
紺色に染め抜かれた笹に竜胆の嵯峨家の旗印が人民政府の黄色い星の旗と同じくらいにたなびいている。数知れぬ数の遊牧民のテントが作られ、銃を持った山岳民族のゲリラ達が徘徊している。
コックピットが開く。嵯峨は満足げにその様を見つめていた。クリスが降り立つとすばやく青いつなぎの集団がそれを取り巻いた。
「嵯峨中佐。機体の感触は……」
「遊びが多すぎるよ。あれじゃあ機体の制御に誤差が出る。もう少し調整してくれないと次乗る気無くすよ」
「ですが、あれでもかなり……」
技術主任を問い詰めている嵯峨。その周りの菱川の技術者は機体を固定して装甲板の排除にかかった。
「あれでは話は聞けませんね」
降り立ったクリスの前にシンが立っていた。静かにタバコをくゆらせながら周りの光景を眺めていた。
「さすがに北兼王殿下の御威光という奴ですね。正直これほどにゲリラの支援を受けられるとは……」
本部のビルの前に軍服の支給を受ける列が出来ていた。
「私が出るときはこんな風になるとは……」
「おそらく嵯峨中佐はすべてを計算に入れて情報を流していたのでしょう。山岳民族にとって右派民兵組織とそれを指導するアメリカ陸軍特殊部隊は恐怖の対象でしたから。それに悲劇の北兼王、ムジャンタ・ラスコーは彼らにとっては今でも彼らを導く若き指導者と言うことなのでしょうね」
そう言いながらシンはそのまま軍服の支給を行っている伊藤のところに近づいていった。