従軍記者の日記 94
「それでは私も基地まで同行させてもらいますよ」
「ええ、どうぞどうぞ」
シンの言葉に嵯峨はそう返す。そんな姿を見ながら翻すようにシャレードに乗り込む。
「実直な好青年ですねえ。うちの餓鬼の婿にでも欲しいくらいだ」
そう言うと嵯峨はタバコをくわえながら黒い愛機に乗り込む。クリスもせかされるように後部座席に座った。
「なにか言いたいことがありそうですね、ホプキンスさん」
嵯峨はコックピットのハッチを下ろしながらタバコに火をつける。クリスはその有様を黙ってみていた。
「言いたいことは言っちまったほうがいいですよ。まあ大体何を良いたいかは見当がつきますが」
「あそこでの実験はなんなんですか?」
とりあえずクリスが言葉に出したのはそのことだった。嵯峨は頭をかきながらエンジンに火を入れた。
「典型的な人体実験って奴ですよ。ここらの山岳民族を拉致して法術能力の開発テストを行っている。それがこの基地に親切なアメちゃんがやってきた理由ですわ」
嵯峨はシンのシャレードの後ろに続いて坑道を進んだ。
「それはわかります。だが、この基地にいたのは合衆国の軍人だった」
「そうですねえ。まあ法術関連の技術についてはアメリカは貴重な実験材料を手に出来たので非常に進んでいますねえ。東和の次ぐらいの研究成果は提出できるレベルなんじゃないですか?」
タバコの煙がクリスを襲う。手でそれを払いながらクリスは言葉を続けようとしたがそれは嵯峨にさえぎられた。
「だが、どちらも法術と言うものの存在を発表していない。今のところそれは存在しないことになっている」
嵯峨はそう言い切って後続のシン達の期待を確認するためだけに振り向く。いつものふざけたような表情はそこにはなかった。
「確かにこの事実が公にされればこの非人道的な実験を認めなければならなくなる」
「まあ、それもあるんですがね。それ以上にもしそれが今、公になれば遼州人に対する地球人の差別感情に火が付くことになるでしょうね。ただでさえ遼州の不安定な政治状況の結果、地球に流れ込んでいる難民の問題で世論は二つに割れてる。税金泥棒扱いされている遼州難民が実は超能力を持ったインベーダーと言う話になれば感情的になった地球人の天誅組がハリネズミのように武装して難民キャンプを襲撃する事件が山ほど起きるでしょうね」
淡々と答える嵯峨。彼の表情が珍しく真剣だった。
「だから、今はこのことは見なかったことにしていただけませんか?」
嵯峨はそれだけ言うと基地に向かって機体を一気に加速させた。