従軍記者の日記 93
「御大将!」
突然の声に振り向いた嵯峨とクリスの向かいには楠木が立っていた。
「どうだい、民兵さんの方は」
嵯峨の言葉に楠木は笑みを浮かべた。
「現在、山岳民族部隊と交戦中ですが敵さんももう抵抗が無意味なのはわかってるみたいですから。もうそろそろ決着はつくんじゃないですか」
楠木の言葉に嵯峨は安心したようにハンガーへの道を進む。北兼軍の兵士達が死体や負傷者を運び出している。
「ずいぶん手回しが良い事ですね」
クリスの言葉に嵯峨はにんまりと笑った。
「まあ相手を知らずに戦争を仕掛けるほど俺は耄碌しては居ませんから」
そんな言葉を返す嵯峨をクリスはただ見守っていた。ハンガーに出ると、カネミツの後ろに東モスレム三派のアサルト・モジュールがあった。その足元には、アブドゥール・シャー・シン少尉が北兼軍の将校と押し問答を続けていた。
「嵯峨中佐!」
シンの叫び声が届いて、嵯峨はめんどくさそうに階段を折り始めた。その髭面の下には怒りのようなものが満ちているのがクリスにもわかった。
「これはどう言うことなんですか!」
シンの言葉に頭を掻く嵯峨。取り巻いている兵士達はどこと無くシンの雰囲気に緊張を強いられていた。
「どう言うことって、ただの民兵組織の掃討作戦ですよ」
淡々と嵯峨は言葉を並べる。
「しかし今の時期。共和軍との協定の……」
「そんな協定結んではいませんよ。俺は共和軍への攻撃はしないと言っただけ。あちらがどう解釈しようが俺の知ったことじゃない」
「しかし……」
食い下がるシンの肩に嵯峨は手を添えた。
「彼らに難民への攻撃の意思があれば出動する。それが俺らの協定でしょ?未然にそれを防いだのは当然のことなんじゃないですか。それに今回は油断をしていたこいつ等が悪い」
そう言うと嵯峨は振り返りもせずにそのままカネミツに乗り込もうとしていた。