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従軍記者の日記 92

『14年前のことだ』 

 嵯峨はデータを手元のディスクに移しながらつぶやく。

『ある胡州陸軍の将校がユタ州の秘密基地に連行された。その将校は戦時中の市民への虐殺容疑で銃殺刑を覚悟していた。だが、そんな簡単なことで殺めた命の償いはできなかった』 

 嵯峨はそう言うとデータ転送に時間がかかると言うように女性技術者に向き直る。タバコをくわえて笑みまで浮かべる嵯峨に、明らかにおびえている女性技師。

『贖罪が実験動物扱いなんて当然じゃないの!嵯峨惟基。その名の前で何人の無実の人々が死んでいったことか……』 

 そう言う彼女は目の前の嵯峨に向けてと言うより自分自身を納得させるために話をしているように見えた。

『そう、贖罪だけならその将校は自分の運命を受け入れることができた。だが、そこには彼以外にも住人がいた。貧しさで売られてきた少女。盗みや引ったくりで米兵とトラブルを起こした少年。彼等もその戦争犯罪人の将校と同じ運命を歩むに足る罪を犯したと言うのかね』 

 嵯峨の言葉に女性技師は絶句する。そしてすぐにクリスの顔を見る。

『あれは国益を!そうよ、合衆国への忠誠を誓う技師としての……』 

 そうクリスに叫ぶ技師。だが、クリスの表情が敵意しか見せていないことを知ると、仕方がないと言うようにだらりと両手を下ろした。

『まあ、いいやそろそろ俺の部下達が到着したところだ。お嬢さん。相棒の腕、そのままほっとくと壊死しますよ』 

 嵯峨はそう言いながら自分用のディスクへのデータの転送を終えて、今度は前面の大型スクリーンにデータを送る準備をしている。白衣の研究員達は嵯峨の言葉にそのまま部屋を出て行くことを決めた。

「はあ、久しぶりの英語で緊張しちゃったねえ」 

 嵯峨はそう言いながらキーボードを叩き続ける。クリスは黙ってその姿を見ていた。目の前のスクリーンに椅子に縛り付けられた男の姿が映った。

「拷問?」 

 クリスの言葉は次の瞬間に驚きに飲み込まれた。画面の中の男の目の前の机が突然火を噴いた。その業火が部屋を覆いつくす。そして次の瞬間、男がまるでガソリンでもかけられたかのように炎に包まれていく。悲鳴を上げながら火に飲み込まれる男の映像。クリスは目を反らさずに見ることに苦痛を感じた。

「これが彼らの研究ですか?」 

 しばらく呼吸を整えてからクリスが吐き出した言葉に、表情を押し殺した嵯峨の顔が映っていた。

「いわゆる『パイロキネシスト』の研究資料ですよ。一番ありふれた遼州人が持つ法力の一つ」 

 嵯峨は画像を停止させるとタバコをふかしている。

「都市伝説ではなかったんですね。遼州人の超能力と言う奴は」 

 クリスの言葉に嵯峨は静かに笑みを浮かべていた。

「もしそれが与太話で済む次元の話だったらアメリカさんはこんなに兵力を遼南に割く必要も無かったんじゃないですか?ただの失敗国家の独裁者がくたばるかどうかなんてことは彼らにとって本当にどうでも良いことですから。自国の若者の血を流すに値しない存在ですよ」 

 嵯峨の言葉が終わるまもなく、楠木を先頭とした北兼軍閥の兵士達が飛び込んでくる。

「遅いねえ。もうお話は済んだよ。処置はしておいてくれ」 

 そう言うと嵯峨はクリスの肩を叩いた。

「処置?データを消すつもりですか?」 

 クリスの驚きの声に楠木の部下の胡州浪人崩れの兵士達が冷笑を浴びせてきた。

「ホプキンスさん。今は遼州人には地球人との違いは無いことにしておいた方が良いんじゃないですか?まあ、知るということが双方にとって幸せかどうか、そこを考えるとこのデータは無いことにしておくべきだと思いましてね」 

 嵯峨はそう言うと研究室を出た。クリスもその後に続く。通路に出ると散発的な銃撃戦の音が響いている。クリスは嵯峨と言う男に再び疑問符をつけたまま嵯峨の後に続き、カネミツの待つハンガーへと急いだ。

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