従軍記者の日記 90
「さーて、逃げ遅れた人はいませんか?」
そう叫びながら嵯峨がアサルト・モジュールの整備に使っていたらしいクレーンを伝って地面に降りた。クリスはライフルのストックを展開して小脇に抱えるようにしてその後に続く。
「居ないみたいっすねえ。それじゃあお邪魔しまーす」
肩に抜刀した長船兼光を担いで、完全に場所を把握しているようにドアを開く。
「ドアエントリーとかは……」
「ああ、そうでしたね」
クリスに言われて嵯峨が剣を構えながら進む。確かに嵯峨はこの訓練キャンプの内部の情報をすべて知った上でここにいる。クリスには中腰で曲がり角を覗き込んでいる嵯峨を見てそう確信した。ハンドサインで敵が居ないことをクリスにわざとらしく知らせると、そのまま嵯峨は奥へと進む。クリスも軍務の経験はあった。そして室内戦闘が現在の歩兵部隊の必須科目であることも熟知していた。そして何よりも嵯峨は憲兵実働部隊の出身である。室内戦などは彼の十八番だろう。クリスはそう思いながら大げさに手を振る嵯峨の背中に続いた。
さすがに剣を構えるのが疲れたのか、鞘に収めて左手に拳銃、右手にライトを持って薄暗い坑道を進んでいく嵯峨。 クリスは二人が進んでいる区画が明らかに何かの研究施設のようなものであることに気づいた。
一番手前の鉄格子の入った部屋をクリアリングする嵯峨。中には粗末なベッドのようなものが置かれている。
「見ると聞くとじゃ大違いだな」
嵯峨はそのままライトでベッドの上の毛布を照らす。毛布には真新しい弾痕が残り、その下から血が流れてきているのが見えた。
「死人に口無しってことですか?」
クリスがそのまま毛布に手を伸ばそうとするのを嵯峨は押しとどめた。
「なあに、もうすぐちゃんと喋れる証人のところに案内しますから」
嵯峨はそう言うと拳銃を構えなおす。そしてライトを消して、クリスに物音を立てないようにハンドサインを送った。数秒後、明らかに誰かが近づいてくる気配をクリスも感じていた。嵯峨は腰の雑嚢から手榴弾を取り出して安全装置を外す。外に転がされた手榴弾。飛び出す嵯峨の拳銃発射音が三発。そのまま部屋に戻ると爆風がクリスを襲った。
「大丈夫ですか?」
嵯峨はそう言うとそのまま廊下に出た。かつて人だったものが三つ転がっている。
「あんまり見つめると仏さんが照れますよ。行きましょうか」
そう言うと嵯峨は死体を残したままで彼の目的の場所に向けて走り出した。