従軍記者の日記 84
「精神感応式制御システムの全面的採用による運用方法を根底から覆す決戦兵器の開発。なんだか負ける軍隊が作りそうな珍兵器の匂いがぷんぷんするでしょ?」
嵯峨はそう言うとタバコを吹かした。思わずクリスが咳き込むと、嵯峨は振り返って申し訳無さそうな顔をする。
「まあ、俺は文系なんで細かい数字やらグラフなんか持ち出されて説明はされたんですが、いまいち良くわからなくてね。ただエンジンの制御まで俺の精神力で何とかしろっていう機体らしいですよ」
「そんなことが可能なんですか?……相当パイロットに負担がかかることになると思うんですが」
クリスの言葉に嵯峨はまた振り返った。
「結果から言えば可能みたいですよ」
そう言うと再び嵯峨は正面を向く。
「それがどう言う利点があるんですか?」
「それは俺にもよくわからないんでね。説明を受けた限りではエネルギー炉の反物質の対消滅の際に起きる爆縮空間の確保に空間干渉能力を持ったパイロットによる連続的干渉空間の展開が必要とされて、そのために……あれ?なんだったっけなあ」
嵯峨は頭を掻いた。
「やっぱ明華の話ちゃんと聞いときゃよかったかなあ。まあ、あいつも要は俺しか乗れないような化け物アサルト・モジュールが来るってことで納得しちゃったからいまさら聞けないんだよなあ」
そう言うと嵯峨は高度を上げた。東和の偵察機はこちらに警告するわけでもなく飛び回っている。
「対消滅エンジンですか?あれは理論の上では可能でもアサルト・モジュールのような小型の機動兵器には搭載できないと言うのが……それと空間干渉って……」
「空間干渉と言うのは理論物理学の領域の話でね、まあ私も聞きかじりですが、インフレーション理論によるとこの宇宙のあらゆるものに外の存在への出口みたいなものがあるって話なんですよね」
「ワームホールとかいうやつのことですか?」
クリスの言葉に再び嵯峨が振り向いて大きく頷いた。
「そう言えばそんなこと言ってました。それでなんでも俺にはそのワームホールとやらに直接介入可能なスキル。これを空間干渉能力とか言ってましたけどそれによる安定したワームホール形勢のアストラルパターン形成能力があるらしいんですわ。そこでその何とか能力で干渉空間を対消滅炉内部に展開して出力の調整を行うということらしいですよ。まあなんとなくコンパクトに出来そうな言葉の響きではありますがね」
嵯峨はそう言うとまたタバコに火をつけた。
「しかし、そんな出力を確保したとしてどうパルスエンジンや各部駆動系に動力を伝えるんですか?それにパワーが強すぎれば機体の強度がそれに耐えられないような気がするんですけど」
そんなクリスの言葉に嵯峨は頷いた。
「そこが開発の最大のネックになったんですよ。エンジンの出力に機体が耐え切れない。既存の材質での開発を検討していた胡州の開発チームは終戦までにその答えを出すことができなかったそうです。まあ技術者の亡命などを受け入れて研究は東和の菱川重工業に引き継がれたそうですがね」
嵯峨はのんびりとタバコの煙を吐き出した。煙が流れてきて再び咳をするクリス。
「ああ、すいませんねえ。どうもタバコ飲みは独善的でいかんですよ」
「それはいいです、それより東和はそれを完成させたのですか?」
その言葉に嵯峨は首をひねる。そして静かに切り出した。
「不瑕疵金属のハニカム構造材のフレームとアクチュエーター駆動部のこちらも干渉空間パワーブローシステムの導入ってのがその回答らしいんですが、俺も実際乗ってみないとわからないっすね」
「わからないって……」
「なあに、すぐにご対面できますから。ほら基地が見えてきましたよ」
嵯峨の言うとおり、本部ビルだけが立派な基地の姿が目に飛び込んできた。