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従軍記者の日記 82

「ライラ」 

 嵯峨はタバコに火をつけながら彼をにらみつけている少女の名前を呼んだ。少女は気おされまいと必死の形相で嵯峨をにらみつけている。恐怖、憎悪、敵意。そんな感情を鍋で煮詰めた表情。クリスはそれがどの戦場で同じ目を見たかを思い出そうとした。

「すまねえな。俺はしばらくは死ねねえんだ」 

 嵯峨はそう言ってタバコの煙を天井に吐き出す。その姿にライラは肩を震わせながら精一杯強がるような表情を浮かべた。

「しばらく?どこかの誰かに八つ裂きにされるまでの間違いじゃないの?」 

 声を震わせて皮肉をこめてそう言うライラに、いつもの緊張感のかけらも無い嵯峨の視線が向く。

「安心しろよ。俺はそう簡単に討たれるほど馬鹿じゃねえからな。この戦争が終わったら俺のところに来い。この首やるよ」 

 そう言いながら嵯峨は自分の首をさすった。それだけ言うと嵯峨はポケットから携帯灰皿を取り出してタバコをもみ消した。

「さあホプキンスさん。出かけましょうか」 

 振り向いて歩き始める嵯峨。唖然とする一同を振り向くことも無く自分の愛機に向かって歩き出す。

「本当にそのつもりなんですか?」 

「何がですか?」 

 クリスの言葉にとぼけてみせる嵯峨。とぼけた表情で悲しく笑う嵯峨。広い舗装された基地を嵯峨は刀を腰の金具から外して肩に乗せて歩く。

「ホプキンスさん。あのね……」 

 検問所の前に給水車が並んでいる。難民は共和軍の兵士達から水の配給を受けていた。

「まあ口に出しても嘘っぽいから止めとこうかと思ったんですがね、一応俺も人間なんで言わせて貰いますよ」 

 そう言うと嵯峨は路面に痰を吐いた。品のない態度にいつものようにクリスは嵯峨をにらむ。

「この国には、こんないかれた騒ぎであふれかえっていやがる。親子が憎みあい、兄弟が殺し合い、愛するものが裏切りあう。遼南の現状とはそんなもんです。俺もその運命には逆らえなかった」 

 四式の前で立ち止まる嵯峨。彼はただ呆然と自分の機体を見上げていた。

「俺の首一つでその悲劇が終わりになるなら安いもんでしょ。ホプキンスさん。こう考えることは間違ってますかね?」 

 嵯峨の視線がクリスを射抜く。その視線はこれまでのふざけたような影はまるで無かった。父には玉座をめぐり命を狙われた。妻は故国の正義を信じると言うテロリストに殺された。弟は政治的駆け引きに利用されることを恐れて殺さざるを得なかった男の視線。それはクリスが見たどんな人物の瞳とも違うものだった。

 言葉が出なかった。クリスはただ黙っていた。そのまま四式の手を伝ってコックピットにたどり着いた嵯峨が、後部座席に乗るはずのクリスを待っていた。

「私には答えられませんよ。あなたに比べたら私は幸せすぎたかもしれませんから」 

 そう言って立ち尽くすクリスを呆れたと言うように肩を落として見つめる嵯峨。

「あのねえ、俺は自分を不幸だとは思っていませんよ。楽があれば苦がある。それが人生。それで良いじゃないですか」 

 後部座席に乗り込むクリスにそう言いながら、嵯峨はいつもの帽垂付きの戦闘帽を被りなおした。

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