従軍記者の日記 81
「ああ、この子は熊太郎。太郎って名前だけど女の子なんだよ」
シャムは無邪気にそう答えた。じっとシャムはライラを見つめる。ライラも負けじとシャムをにらみつけた。
「ああ、良いかね」
話を切り出したのはシンだった。髭を撫でながら静かな調子で話し始める。
「ライラ、我々の目的を忘れないでいてくれよ。目的は敵討ちでも議論でもないんだ」
シンの目がライラを捉える。彼女は上官の面子を潰すわけにも行かず、黙ってうつむく。
「現在、この基地の兵員が給水車を手配して難民に支給を始めている。ここでの暴発はとりあえずすぐには起きないだろう。それは専門家もそう分析している」
今度はシンの視線は嵯峨の方を向いた。水の支給と言う懐柔政策。おそらく嵯峨が提案したのだろうとクリスは思った。
「だが、ここから北兼軍の支配地域までの50キロの道のりは共和軍支持の右派民兵組織の支配下にある。残念だが、ここの基地司令には彼らに攻撃停止命令を出す権限がないということだった」
その言葉に共和軍の兵士達は動揺していた。シンは淡々と言葉を続ける。
「しかし、難民に対する攻撃にはこの基地の所属部隊には毅然とした態度を取ってもらうということで話はまとまっている。そこでだ。ジェナン!ライラ!」
「はい!」
二人は立ち上がって直立不動の姿勢をとった。
「君達は先行して脱出ルートの安全の確保を頼む。攻撃があった場合には全力でこれを排除するように」
「了解しました!」
ジェナンは良く通る声でそう答えた。ライラは腑に落ちないような表情を浮かべていた。
「そしてナンバルゲニアくん」
「シャムで良いよ!」
メロンパンを食べ終えて一息ついていたシャムに視線が集まった。
「君は最後尾について脱出の確認をしてくれたまえ」
「了解しました!」
シャムは最近覚えた軍隊式の敬礼をした。
「私は上空で待機する。今回の行動は人道的な処置として東和政府にも話がつけてある。彼らも偵察機と攻撃機を派遣して右派民兵組織の襲撃に備えてくれるそうだ。そして嵯峨中佐」
「はい?」
相変わらず間抜けな返事をする嵯峨。
「先行して受け入れ準備をお願いします」
「ああ、まあ俺が直接顔を出さなきゃならないこともあるでしょうからね」
そう言うと嵯峨はタバコに手を伸ばした。