従軍記者の日記 80
成田と入れ違いに入ってきた将校は、静かにクリス達を眺めていた。その極めて事務的な感情を押し殺した顔に嫌悪感を感じながらもクリスは茶をテーブルに置いて立ち上がった。
「会談は……」
目だけでクリスを見つめる将校。
「今、終了したところだ。難民の誘導は君達に一任することになる」
忌々しげに吐き捨てるその浅黒い肌の小男に、クリスは言いようの無い怒りを感じながらも、そのまま黙って歩き回る彼を見つめていた。
「すべての元凶は東モスレムのイスラム教徒達にあるわけだが……」
「いえ、言葉は正確に言うべきです。あなた方と同じ命令系統で動いた親共和軍派のイスラム系民兵組織の行動と言うべきですね」
ジェナンの声が鋭く響いた。クリスはそれが先ほどまでライラをたしなめていた温和な青年の言葉とは思えず、ジェナンの顔をまじまじと見つめた。
小男は鋭く視線をジェナンに向けた。
「すると、君はすべての責任は共和軍にあると言うのかね?」
「違いますか?」
ジェナンの笑み。それは明らかに小男を挑発していた。
「大体、東モスレムの独立など無理なんだ!資源はどうする?経済は?すべて我々遼南に依存することになるんじゃないか!」
「遼南だけが東モスレムの頼みではありませんよ。最近では内乱の続く遼南ルートよりも西モスレムからのルートで貿易が行われていますから」
静かに、冷静に、若いジェナンの言葉は待合室に広まった。小男の顔が赤く染まり始める。言うことすべてを切り返されている彼。クリスもこういう短絡的な士官には泣かされてきたということもあり、ニヤニヤ笑いながら小男の次の言葉を期待していた。
「こらこら、いじめちゃあ駄目じゃないですか」
突然間抜けな声が響いた。嵯峨だった。クリスはライラの方を見つめた。先ほどの戸惑いは消え、憎しみに満ちた視線を嵯峨に向けて送っている。その後ろから髭を蓄えた若いアラブ系の青年が現れた。
アブドゥール・シャー・シン少尉。東モスレム三派のプロパガンダ映像では何度と無くその勲功と共に掲げられた写真を見てきたクリスだった。
「難民の誘導はジェナンとライラ、それにここには居ないがナンバルゲニア・シャ……」
「居るよ!」
突然彼らの背後で元気な少女の声が響いた。そこにはシャムがいつもの民族衣装を身に着けて、なぜかメロンパンをかじりながら立っていた。
「おい!後ろのはなんだ!」
ライラが叫ぶのも無理は無い。シャムの後ろには熊太郎がライラをにらみながら鎮座していた。