従軍記者の日記 8
ハワードが神経質そうにカメラの入ったケースを下ろし、嵯峨はクリス達の身の回りのものを入れた荷物を降ろす。空になった後部座席を見ると嵯峨は軽く屈伸運動をする。子供達はその様子を遠巻きに見ていた。
「これから仕事だから」
頭を掻きながら嵯峨がそう言うと子供達は手を振って別れを告げる。次々と走って帰路に着く子供達。ようやくそこで嵯峨はクリスに向き直った。
「やっぱり結構ありますね荷物。部下に後で運ばせますよ。あのグラウンドの向こうに見えるのが宿舎です。まあそれほど長くは使わないでしょうがね」
そう言い残して嵯峨は歩き始めた。クリスが見回すと、巨大な格納庫の前で部隊員が野球に興じていた。だが荷物を指差す嵯峨の姿を見つけると、やんやと野次を飛ばしていた野次馬達が群れを成してクリスとハワードの荷物に駆け寄ってきた。
「カメラケースは慎重にお願いしますよ!」
ハワードの叫び声に頭を下げる兵士達。嵯峨はただ先ほど指差したプレハブの建物に歩いていく。
「ずいぶん余裕があるようですね」
クリスは自分の私物と通信機器が入ったバッグを背負いながらその後に続いた。
「ああ、うちの軍閥には正規部隊出身の精強部隊がありますから。現在ここから700キロ離れた地点で合衆国の軍隊と対峙してますよ」
さらりと言う嵯峨の口元に笑みがこぼれる。クリスは嵯峨の他人事のように話す口ぶりが気になっていた。
「しかし、北兼軍閥の指揮権はあなたにあるんじゃないですか?」
その言葉に嵯峨は歩みを止めた。
「それは違いますね。確かにこの軍閥が私を中心に成長したことは認めますよ。だが、適材適所という言葉があるでしょ?私は正直これだけの大部隊を指揮した経験がないんでね。そこに周香麗と言う実績のある指揮官が来た。勝つ戦争をしようと思ったら、それにふさわしい指揮官が必要になるわけですよ」
嵯峨はそう言いながら胸のポケットからタバコを取り出す。クリスはあまりタバコは好きではなかった。そんなクリスを見て嵯峨が微笑みを浮かべる。
「なるほど、タバコはお気に召さないいようですな」
そう言うと火も付けずにタバコをくわえたまま歩く嵯峨。衛兵の敬礼に手を振りつつ彼はプレハブの建物に入った。
一階のオペレーター室は通信、監視、物資管理の人員が忙しく行きかっている。嵯峨はそれに一々頭を下げながら階段を上り始める。
「私が知る限り一番便利な兵器は情報ですよ。まあ、そんな説教をされる覚えはホプキンスさんには無いでしょうがね」
「クリスで結構です」
苦笑いの嵯峨の後ろについていくクリスとハワード。階段は木製で野戦用ブーツの三人の足音が大げさに響く。上りきった二階の踊り場、嵯峨を見つけて駆け上がってきた女性下士官が一枚の書類を嵯峨に渡した。嵯峨はそれを持ったまま二階の踊り場で頭を掻いた。そしてクリスを振り返り彼が手荷物を持っていることに気づいた。
「ああ、荷物持ってきちゃったんですか。この隣なんですよ宿舎は。まあ面倒ですからそこに置いてついて来て下さい」
そう言うと嵯峨は手に書類を持ったまま廊下を静かに歩き始めた。クリスとハワードは顔を見合わせると、荷物を廊下の端に置いて、嵯峨の入った司令室に入り込んだ。