従軍記者の日記 79
「しかし、ライラ君だったかね。そんなに嵯峨と言う男が憎いかね」
成田は茶を口に含みながらつぶやいた。
「父の仇ですよ!……憎いに決まってるじゃないですか!」
ライラはクリスに当り散らした後で、少しばかり冷静にそう答えた。
「殺されたから殺す。悲劇の連鎖か。あの御仁にも娘さんが二人いたと思ったが、今度は君が彼女達に狙われることになるわけだな」
一瞬、ライラの表情が曇った。そのようなことは考えたことも無い、そう言う顔だ。クリスは何故成田がそれほど嵯峨の肩を持つのか不思議に思いながら二人のやり取りを眺めることにした。
「それは……覚悟してます」
「本当にそうかね?今の今まで気がついていなかったような感じに見えるけど」
ライラは戸惑っていた。伯父の双子の娘、茜と楓。クリスは嵯峨の執務机の上、いつも荷物の下に隠してある写真のことをクリスは知っていた。そこには大戦中に取られた嵯峨と妻のエリーゼと双子の乳飲み子の写真と、セーラー服の少女と胡州海軍高等予科学校の制服を着た少女の写真が並んでいた。
嵯峨の妻、エリーゼ・シュトルベルグ・嵯峨は前の大戦の最中、戦争継続に反対する嵯峨の義父、西園寺重基を狙ったテロにあい死亡していた。セーラー服の少女は嵯峨茜。現在は東和の女学院高等学校付属中学に通っているという。予科の制服の妹、楓は胡州海軍第三艦隊で研修中だとクリスは話好きな楠木から聞いていた。
ライラも二人の従妹のことは知っているようだった。明らかにそれまでの憎しみばかりに染まっていた視線はうろたえて、成田とクリスの間を泳いでいる。
「迷うなら見てみることだな。嵯峨と言う人物を。それから考えても遅くは無いだろ?」
「あなたは何でそんなに嵯峨惟基の肩を持つんですか?」
肩を震わせながら、ついにうつむいたライラはそう言った。
「なあに、人間長く生きていればいろいろ学ぶこともあるということさ。この三十年。遼州ではいろんなことが有り過ぎた。嫌でもなんでも覚えちまうんだよ、心がね」
そう言うと成田は茶を飲み干してそのまま立ち上がった。
「さあて、仕事でもするかなあ。もう会合も終わったみたいだしね」
軽く歩哨達に敬礼すると成田はそのまま待合室から出て行った。
クリスはライラの方に目をやった。彼女は明らかに迷っていた。それも良いだろう。若いのだから。クリスはそう思いながら急須にお湯を注いだ。