従軍記者の日記 78
じっとクリスをにらみつけるライラ。だが、今の彼女には何を言っても無駄だとあきらめ、クリスは再び自分で急須にお湯を入れた。
「難民の状況はどうなんですか?」
ジェナンと言う東モスレム三派の士官は、落ち着いた調子で自分達を取り巻いている兵士達に声をかける。兵士達は困惑していた。彼らも今の状況を把握できてはいないのだろう。
「増えてはいるが減る見込みは無さそうと言うのが現状だな」
通信部隊の士官と思われる、いかつい体格の男が現れた。兵士は彼に敬礼をする。
「クリストファー・ホプキンスさん。お目にかかれて光栄ですね」
口ひげを蓄えた男は右手を差し出した。
「どちらで私のことを?」
「西部に向かったアメリカさんの部隊が軍の機関紙を残していきましてね、暇に任せて読んでみたんですが……」
男は静かに笑みを浮かべた。半袖の勤務服から伸びる腕に人工皮膚の継ぎ目が見えるところから、サイボーグであることがわかる。
「お名前聞いてもよろしいでしょうか?」
「一地方基地の将校の名前なんか聞くのはつまらないでしょう?」
どこかなれなれしい調子で話しかけてくる男にクリスは興味を覚えた。
「一応、読者の意見と言うものも聞かないといけないと思っているので」
そんなクリスの言葉に、どこか棘のある笑みを男は浮かべた。
「成田信三って言います。ここの通信施設の管理を担当していましてね」
男は目をライラの方に向けた。ライラの目は憎しみに燃えた目と言うものの典型とでも言うべきものだった。
「通信関連の責任者ならご存知でしょう。難民の方は……」
「ジェナン君。聞いているよ君の噂は、なんでも北朝の血を引いている東モスレムの若き英雄。いいねえ、若いってことは」
そう言いながら成田は部屋の隅に置かれた紙コップを手に取ると、自分の分の茶を注いだ。
「難民の北兼軍閥支配地域への移動と言うことでまとまってきてるよ、話し合いは。上を飛んでる東和の偵察機の映像がアンダーグラウンドのネットに流出して大騒ぎになってるからな。もし、ここの検問で銃撃戦にでもなったら基地司令の更迭どころじゃ話がすまなくなりそうなんでな」
成田は悠然とそう言うとクリスの正面に腰を下ろした。