従軍記者の日記 76
格納庫の隣の休憩室のようなところにクリスは通された。
「会談終了までここで待っていただきます。そこ!お茶でも入れたらどうだ!」
伍長はぼんやりとクリスを眺めている白いつなぎを着た整備兵を怒鳴りつける。明らかに士気が低い。クリスが最初に感じたのはそんなことだった。
共和軍は北天包囲戦での敗北から、北兼軍閥との西兼の戦いでも魔女機甲隊に足止めを食らい、撤退を余儀なくされていた。中部戦線では人民軍の総攻撃が乾季にはあるとの噂が流れている。そして北兼軍閥と共に人民軍側につくことを表明した東海の花山院軍閥の態度は兵達まで噂になっているのは確実だった。そして共和軍の切り札ともいえるブルゴーニュ候の南都軍閥は東モスレム三派との小競り合いで次第に体力をそぎ落としていることも彼らの耳には届いているのだろう。
「安心しなさいよ!私等は話し合いに来ただけなんだから!シン少尉がアスジャーン師の親書を……」
「うるさい!そこで静かに座っていろ!」
二人の東モスレム三派軍のパイロットを連れて休憩所に入ってくる。叫んでいるのは女性パイロットだった。どこかで見たことがあるな。クリスはそう思いながら釣り目の少女の顔をちらちらと眺めていた。
「あら、簒奪者のところの記者さんかしら?」
あからさまな敵意をクリスに向ける少女。言葉に敵意や殺意が乗ることがあるのは戦場を潜り抜けてきたクリスも良く知っている。この十五、六と言った少女は明らかにクリスに敵意を抱いていた。細い目に敵意を持ってにらみつけられるとクリスも自然と睨み返している。
「やめなよライラ。君の伯父さんもあの人々を救う為に話し合いに来たんだ!だから……」
「何よ!ジェナンまで!あの男が話し合い?どうせこの基地を落とす機会を狙っているんでしょ?それに何もしないと思っても、この基地の戦力を偵察して攻勢に出た時の資料にでも……」
ジェナンと呼ばれた青年はライラと呼ばれた少女の頬に手を伸ばした。少女の言葉が止まった。クリスは先ほどの二人の言葉から職業的に必要な項目を質問として纏めることに成功した。
「ライラさん、で良いんだよね?失礼だが君のフルネームは?」
「さすが記者さんね。でも名前を名乗る時は自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」
ライラの涼しい視線がクリスを打った。
「ああ、私はクリストファー・ホプキンス。一応フリーのライターで……」
「アメリカ合衆国上院議員、ジョージ・ホプキンス氏の長男ですか」
ジェナンと呼ばれていた長髪の浅黒い肌の青年が言葉を継いだ。
「良くご存知ですね。じゃああなたから自己紹介を願えますか?」
クリスは青年に向き直った。
「僕はアルバナ・ジェナン。見ての通り東モスレム三派のアサルト・モジュール乗りです。そして彼女が……」
「私はムジャンタ・ライラ。残念だけどあなたを乗せてきた人でなしの姪に当たるの」
クリスはようやくこの少女のことを思い出すことに成功した。