従軍記者の日記 75
共和軍の士官の顔が青ざめた。目の前にいるのはニュース映像でもよく出てくる北兼軍閥の首魁、嵯峨惟基のそれだった。
なぜ彼が奇妙なヘルメットを被っていたのかは、先ほど逃げ出した兵士から聞かされていた。
「なんすか?取って食うわけじゃ無いんですから。いい加減、司令官殿にお目通りをお願いできませんかねえ」
クリスは一向に嵯峨がヘルメットを拾いそうにないと見てそれをまた持ち上げた。今度は嵯峨は彼に見向きもしない。その視線は共和軍の初老の佐官に送られている。
「それでは少し待ちたまえ」
そう言うと佐官は車の中の兵士に目配せした。
「あと、あそこの勇者も仲間に入れてやったほうが良いんじゃないですか?」
嵯峨はタバコの煙の行く先で押し問答を続けている東モスレム三派の英雄、アブドゥール・シャー・シン中尉に目を向ける。
「わかった。これから調整する」
佐官はそのまま無線機に小声でささやいている。嵯峨はそれを満足げに眺めながらタバコをくゆらせる。
「まだっすか?」
嵯峨特有の自虐的な笑みがこぼれる。画像通信でもないのに頭を下げる佐官を見てクリスも噴出すのを我慢するのが精一杯だった。
「嵯峨中佐。来たまえ。それと記者の方は……」
「茶ぐらい出してやんなよ。わざわざ地球のアメリカからいらっしゃってるんだからさ」
『アメリカ』と言う言葉を強調して見せる嵯峨。そして隣に寄せられた四輪駆動車の後部座席に乗り込んですぐに腕組みをしながらクリスに目をやる。その緩んだ表情にクリスは呆然としていた。
「それじゃあ、君。記者の方を案内してくれ」
苛立っている佐官と目が合った小柄な下士官がクリスの案内役に指定された。嵯峨を乗せた車が本部のビルへと向かう。義務感からか恐怖からか黙っている共和軍の伍長のあとに続くクリス。視線をシンのほうに向ければ、パイロットスーツ姿のシンが同じように基地警備兵に囲まれながら本部に向かって歩き出していた。
「地球……アメリカからとはずいぶん遠くからいらっしゃいましたね」
皮肉の効いた言葉を言ったつもりだろうか、クリスは頬を引きつらせる伍長を見ながらそう思った。彼らの同盟軍であるアメリカの記者が敵である北兼軍閥の首魁と行動を共にしている。この伍長でなくても面白くは無いだろう。カービン銃を背負っている彼は時々不安そうな視線を基地の隣の検問所に向けている。今のところ難民も警備兵も動くようには見えない。だが、クリスは何度と無く同じような光景を目にしてきた経験から、その沈黙が日没まで持つものではないことはわかっていた。
共和軍支持の右翼民兵組織と人民軍が組織した解放同盟。そして、北兼軍閥の息の入った王党派ゲリラ。彼らがこの混乱を利用しないほうがおかしい。嵯峨の余裕のある態度も、基地守備隊の将校たちの暗い表情も、彼らが次の状況をどう読んでいるかという証明になった。