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従軍記者の日記 7

 そのまま細い砂利道を走り続けクリスを乗せた車がたどり着いた夷泉は村とでも言うべき集落だった。藁葺きの粗末な農家が続き、畑には年代モノの耕運機がうなりを上げ、小道には羊を追う少年が犬と戯れていた。ハワードは彼を気遣って車を徐行させる伊藤の心を読み取って、三回シャッターを押すとフィルムの交換を始めた。

「まるで四百年前の光景ですね」 

 クリスはそう漏らした。彼が見てきた戦闘はこのような村々で行われていた。貧困が心をすさませ人々に武器を取らせる。そしてさらに貧困が国中に広がる。貧困の再生産。貧しいがゆえに人は傷つけあう。はじめに従軍記者として提出した記事にそんな感想を書いて検閲を受けたことを思い出していた。

「見えてきました」 

 それは遼南では珍しいものではない仏教寺院だった。大きな門を通り過ぎ、隣の空き地に車を乗り入れる。フィルムの交換を終えたハワードは彼の乗った車を追いかける少年達をカメラに収めることに集中していた。寺の隣の鉄条網の張られた駐留部隊基地の門の前、クリスはそこで子供達が一人の青年士官の周りに集まっている光景を目にした。

 佐官の階級章をつけた男は手にした竹の板を削っている。一番年長に見える少女は将校から受け取ったヘリコプターの羽だけを再現したようなおもちゃを空に飛ばし、子供達はそれを追いかけていた。にこやかに子供達を見て笑っている青年士官はクリス達の車に目を向けてきた。制服は伊藤と同じ人民軍の士官の型のもので、その腰に朱塗りの鞘の日本刀を下げているところから見て胡州浪人の一人だと思いながらクリスはその士官に微笑を返した。

「ホプキンスさん。あの方が嵯峨中佐です」 

 サバイバルナイフを鞘に収め、そのままゆっくりとクリスのところに歩みよってくる男。その突然の紹介にクリスは驚きを隠せなかった。

 正直、クリスが資料用の写真で見た印象とはその軍閥の首魁の姿はかなり違っていた。資料では32歳のはずだが、その子供と遊ぶ姿はどこと無く幼く見えた。常に無精髭を生やし、眉間にしわを寄せて、見るものを威圧するような視線を投げている写真ばかりを見てきたが、目の前にいるのは髭をきれいに剃り、満面の笑みを浮かべている明るい印象のある青年将校の姿だった。

 クリスはとりあえず止まった車から降りた。子供達は嵯峨の周りに固まってクリス達を不思議なものでも見つけたような目で見つめている。中央の嵯峨は、とりあえず彼らの輪から脱出すると、クリスに握手を求めた。

「ご苦労さんですねえ。まあしばらくは一緒の飯を食うんですからよろしく頼みますよ」 

 そんな心の中を見透かしたように笑みを浮かべる嵯峨。資料の写真とかつて遼南派遣の胡州軍憲兵隊長として狂気さえ感じる残忍なゲリラ狩りを行い『遼州の悪霊』とまで言われた男。

 今、目の前にいる青年将校嵯峨惟基中佐とその印象をどうつなげて良いのかクリスには分からなかった。ただ呆然と立ち尽くしているクリスは、ハワードのカメラのレンズがこちらを向いていると言う事実に気づいてようやく握手をすることが出来た。

「伊藤、すまねえな。あれだろ?どうせ党本部じゃあ司令部のお偉いさんの小言の嵐くらったんだろうな。お偉いさんは現場のことは知らないし知るつもりもねえからまあ気にするなよ。早めに仮眠でも取っとけ。仕事なら山ほどあるんだから」 

 そう言うと嵯峨は荷物を降ろすのを手伝おうと言うように車の後ろに回り込んだ。

「良いですよ、嵯峨中佐!取材機器は我々が運びますから!」 

 そう言って嵯峨の前に立ちはだかろうとするクリスを泣きそうな目で見つめる嵯峨。

「信用がないんだねえ。大丈夫、あんた等の持ち物に細工するほど暇じゃねえよ」 

 そう言うと車の後ろのドアを開いて、嵯峨は丁寧にハワードのカメラケースを取り出した。


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