従軍記者の日記 69
共和軍の基地上空。嵯峨は機体を旋回させた。そして共和軍の基地はすでに三機のフランス製のアサルトモジュールが着陸しているのが見て取れた。基地の防衛隊の兵士が十重二十重の包囲網を敷いているのが上空からでも見える。
「先客がいたか。ありゃあ東モスレム解放同盟の機体だな」
嵯峨は下を見やりながら頭を掻いた。フランスを中心とした軍事企業体の輸出向けアサルト・モジュール『シャレード』。アラブ連盟加盟国をはじめとした国に輸出され成功を収めた機体とされている。その褐色の機体が三機、共和軍のM5に取り囲まれていた。
「ほう、あの隊長機は『ベンガル・タイガー』だな」
嵯峨がゆっくりと旋回しつつ高度を落としながら隊長機の画面を拡大して、その肩に描かれた虎のマーキングを見てつぶやいた。
「アブドゥール・シャー・シン。解放同盟のエースじゃないですか」
クリスは目を見張った。
アブドゥール・シャー・シン。西モスレム国防軍を除隊して東モスレム解放運動に身を投じた志士。ゴンザレス政権との対立を続ける東モスレム三派の兵には『ベンガル・タイガー』の二つ名で呼ばれる猛将である。
「こりゃあ繋がっても話にならんかなあ」
そう言いながらさらに高度を下げ、基地の上空で旋回を続ける嵯峨。クリスは基地よりもその隣を流れる河に沿った街道に設けられた検問所を見ていた。黒くその北兼台地側に見えるのはすべて人間の頭だった。高度が下がるに従って、難民達が検問所の兵士達と問答を続けている様が見て取れる。
「早く出ろってんだよ馬鹿野郎」
嵯峨が独り言を言う。振り向けばシャムも同じように旋回を続けていた。追跡してきた邀撃機は、基地上空での戦闘を嫌って近くの森に着陸してレールガンを構えている。
「北兼軍閥所属機に告ぐ!現在、我々は……」
「うるせえバーカ!とっとと降ろさせろ!そこのアラブ人と目的は同じだ!喧嘩するつもりはねえよ!バーカ!」
嵯峨がいきなり怒鳴りつけたので、オペレーターの女性士官は驚いたような顔をした。そして、その話している相手が北兼軍閥の首領、嵯峨惟基中佐であることに気づき、立ち上がって画面から消えた。
「臨機応変。戦場じゃあ何が起きるかわからねえんだ。少しは頭を使えっての」
そう言うと嵯峨はまたタバコに手を伸ばすが、クリスの表情が視界に入ったのか、その手を止めた。
「嵯峨惟基中佐。それでは第三滑走路に着陸していただけますでしょうか?」
管制部長と思われる恰幅の良い佐官の指示を聞くと、嵯峨はM5四機が待機している滑走路に着陸した。シャムのクローム・ナイトはそれに続いて静かに着陸を済ませた。