従軍記者の日記 63
クリスはそのまま明華が降りた上の階でエレベータを降りた。部隊経営の事務方のエリアらしく。隊員が書類を持って走り回っている。クリスはその間をすり抜けながら連隊長室をノックした。
「どうぞ」
嵯峨の声が響く。入るとそこではボルトアクションライフルのバレルを取り外して掃除している嵯峨の姿があった。クリスも初めて嵯峨の執務室に入ったが、ある意味、嵯峨と言う人物をこの部屋があらわしているように感じた。
まだ4日も経っていないというのに、この部屋には物があふれていた。ソファーには東洋の楽器と言うイメージしかない琵琶が置かれている。テーブルには拳銃がばらされた状態で放置されている。机の上には決済済みの書類が詰まれ、その隣には通信端末が運ばれた時のまま緩衝材を被った状態で鎮座していた。
「ああ、すいませんねえ。取材中でしたか?」
クリスの方を向き直り、嵯峨がにやりと笑った。
「いえ、いずれ彼らからもインタビューを取りたいんですが……」
「ああ、良いですよ。まああまり愉快な話は聞けないとは思いますがね」
そう言うと嵯峨は机に置いてあったタバコに手を伸ばした。
「それとこっちでもちょっと愉快とは言えない話が入ってきましてね」
そう言うと嵯峨は琵琶の隣に腰掛けた。向かい合ってクリスが座るのを確認すると嵯峨はタバコに火をつけた。
「どうしたんですか?」
クリスの言葉を聞いているのかいないのか、嵯峨は琵琶を手に取ると調律を始めた。その慣れた手つきを見て、目の前の男が胡州貴族の名家で琵琶で知られた西園寺家の縁者であることを思い出した。
「一応、嵯峨の家の芸はコイツでしてね。演奏しましょうか?」
「ごまかすのは止めてください。何が起きたんですか?」
苛立つクリスを見てまた笑みを浮かべる嵯峨。彼はそのままタバコの灰をテーブルの灰皿に落とす。
「難民がこっちに向かっているとの情報が入ったんですわ」
嵯峨はそう言うとクリスの反応を見た。クリスはその言葉につい前のめりになっていた。
「共和軍が何かやったんですか?」
「いや、そんなことは無いと思いますよ。あちらさんも馬鹿じゃない。下手にゲリラ狩りを敢行すれば地球から支援に来ている各国の部隊が引き上げるなんて言う最悪のシナリオになりかねない。そのくらいのことがわかる分別はあるみたいでね、あちらの指揮官にも」
再び口にくわえたタバコから煙を吸い込む嵯峨。クリスは黙ってその姿を見守っていた。