従軍記者の日記 6
心地よい風に酔うこともできないタイミングで車内のスピーカーから無線連絡を信号音が流れる。伊藤はすぐさま受信に切り替えた。
『12号車、12号車応答せよ』無線機の声にインカムに手を伸ばす伊藤。
「こちら12号車」
伊藤は静かに答えた。クリスは後部座席でシャッターを切り続けているハワードを無視して伊藤の言葉に集中した。
『第125混成連隊は現在、夷泉にて待機中!繰り返す夷泉にて待機中』
「了解」
無線が切れたのを確認すると伊藤は車のスピードを落とす。インカムなのだから当然その音声が二人に聞こえないようにすることも出来た。だが伊藤はわざと人民軍の勢力圏から抜けた時点でそれが車内に流れるように設定していた。
「嵯峨中佐は現在夷泉に駐留しています。ここからですともうすぐのところですよ」
そう言ってクリスを見つめる伊藤の表情が穏やかになる。クリスはそれまでの緊張しきった彼の顔の印象が強いだけに、このような表情も浮かべられる伊藤に少しばかり彼の中での評価を上げた。
「まるで我々を待っていたみたいじゃないですか」
ハワードがそう言いながら、森の中に点々と見える焼畑の跡を写真に収める。そんな彼を無視してハンドルを切る伊藤。そのまま車は側道へと入り込み、激しい揺れが三人を襲う。
「ハワードさんの言うことは間違いないかもしれませんね。まああの人はそう言う人ですよ。いい意味でも悪い意味でも」
そう言うと伊藤はまた少しスピードを落とした。針葉樹の森が続いている。その根元には先の大戦時の胡州の軍服に赤い腕章をつけた北兼軍の兵士がちらほらと見えていた。
「軍服の支給はまだのようですね」
「ご存知でしょう?北兼軍には胡州浪人達が多く参加していますから。どうせ支給しても着替えたりはしませんよ」
再び伊藤は運転に集中した。目の前に検問所のバリケードが立ちはだかり、牛を載せたトラックと水の入ったボトルを背中に三つもくくりつけた女性が兵士に身分証を提示していた。
ハワードはその光景にカメラを向ける。しかし、兵士は気にする様子も無く、女性から身分証を受け取って確認を済ませると笑顔でその後ろに続くクリスの車に歩み寄ってくる。
兵士はその運転手が伊藤であることを確認すると一度敬礼した。
「良いから続きを頼む」
フリーパスでもいいというような表情の兵士に伊藤が身分証を手渡した。
「伊藤大尉。別にこれを見せられなくても……」
そう言ったクリスに向ける伊藤の目は鋭かった。
「それが軍規と言うものですよ。お二人とも取材許可証を出してください」
伊藤の言葉に従って、クリスとハワードはそれぞれの首にかけられた取材許可証を手渡した。兵士達はそれを手持ちの端末にかざして確認した後、にこやかに笑いながら手を振った。