従軍記者の日記 58
嵯峨は窓際の椅子に腰掛けた。その正面に座るクリス。
「ああ、大丈夫ですよ。一応、防弾ガラスには交換してあります。それにここを狙撃できるポイントはすべて制圧済みですから」
そう言うと机の上に置かれたやかんから番茶を注ぐ嵯峨。
「懲罰大隊ですか、いい話は聞きませんね」
クリスは慣れない箸でとんかつをつまみあげる。嵯峨は大根おろしに醤油をかけながら次の言葉を捜していた。
「まあ、そうなんですけどね。機動兵器は敵拠点制圧には便利だが、その維持となるとコスト的に問題がある。まあ兵隊ならいくらでも欲しいというのが本音ですよ」
そのまま鯵の肉を器用にばらして口に運ぶ嵯峨。
「結構いけるんだな。西モスレム産も食ってみるもんだ」
そう言うとさらに嵯峨は箸を進めた。
「そう言えば取材の方は上手くいってますか?」
目つきが鋭く変わる。かつての鬼の憲兵隊長の視線だ。そうクリスは思いながら箸を置いた。
「なんとか進んでいます。しかし、良いんですか?かなり人民党への不満の声も聞こえるんですが」
「そりゃあそうでしょう、完璧な為政者なんているわけが無いんですから。それにうちは外様なんで。北天の連中が偏見の目で見てることぐらい誰でもわかりますよ」
嵯峨は再びとろんとしたやる気のなさそうな目に戻ると、茶碗の飯を掻きこんだ。
「コメはいまいちだな。東和産があればいいんだけど……そうも行かないか」
そう言うと番茶を口に含む。
「しかし、本当に大丈夫なんですか?この部隊はほとんどすべてが北兼出身のあなたの直系の部下ですよね。そこに人民党が敗北主義者と規定した懲罰部隊を入れるというのは」
「まあ、北天のお偉いさんからは目をつけられることにはなるでしょうね。また伊藤の奴には苦労かけちまうことになるでしょうが」
そう言いながらタバコの箱を取り出す嵯峨。
「ここ、禁煙みたいですよ」
クリスの言葉にはっとする嵯峨。そのまま箱を胸のポケットに戻す。
「まあ、いろいろ考えるつもりですがね」
そう言うと嵯峨は最後に骨の周りの肉を口に放り込むと、番茶を茶碗に残った白米にかけてくるくると回し、それを一息に飲み込んだ。