従軍記者の日記 57
「いやあ、午後にちょっとした人員補給のイベントがありましてね」
嵯峨は歩きながらそう漏らした。
「この近くに村でもあるんですか?」
クリスのその言葉に、嵯峨はにやりと笑った
「そこのところは食事でもしながら」
そう言いながらもう完全に前線基地の格好を取り始めた古びた保養施設の建物に入る。
「ここの食堂の風情はそこらの軍隊には負けないでしょうねえ」
そんなことを言いながらエレベータのボタンを押す嵯峨。
「それでは魔女機甲隊から引き抜くんですか?」
そう尋ねるクリスに嵯峨は振り向くこともせずに開いたエレベータのドアをくぐる。
「いやあ、伊藤がね。良い仕事をしてくれたんですよ」
しばらくの沈黙のあと、言葉を選びながら嵯峨はそう言った。
「伊藤政治中尉。もしかして……」
エレベータの扉が開く。クリスはまじめに嵯峨の顔を覗き込んだ。
「ご推察の通り懲罰部隊ですよ。まあ、人民軍本隊は現在北天南部で反攻作戦で人手不足だ。まともな部隊を送る余裕は無いでしょうしね」
そう言うと嵯峨はそのまま食堂に入った。保養所のレストランであったこのフロアーには窓の外の北兼台地の眺望が手に取るようだった。
「ホプキンスさんには良いねたになりそうでしょ?」
まるで子供が悪戯に成功したあとのように無邪気な笑いを浮かべる嵯峨の姿がそこにあった。
「鯵の干物定食、ホプキンスさんは?」
「とんかつ定食で」
食堂の人影はまばらだった。一応は最前線の基地である。先の大戦の遼南戦線の飢えをくぐった嵯峨が食事を重視していることもあって、十分な補給に支えられてこの基地は機能し始めていた。しかし、だからといって補給部隊は安全とは言えなかった。共和軍の傭兵部隊が山中に侵入したとの情報があったのは昨日。そして、補給部隊のトラックが一台撃破されたとの話もクリスは知っていた。
「しかし、懲罰部隊ですか。どうするんですか?」
クリスの言葉を背中に聴きながら、嵯峨は相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。