従軍記者の日記 54
クリスは好奇心いっぱいの目でこちらを見てくるシャムに少しばかり照れ笑いを浮かべた。服はいつも同じような黒い生地に刺繍の服。そして縁に飾りのついた帽子はいつもその頭の上にある。
「あのね、お花摘みに行きたいんだ!」
そう言うとシャムはクリスの手を引いて歩き始めた。そのまま彼女のアサルト・モジュールを整備している前を通りかかると、元気よく叫ぶ。
「キーラ!クリスさん連れてきたよ!一緒にお花摘みに行こう!」
納入部品の検品をしている部下を監督していたキーラに声をかけるシャム。
「行っても良いわよ。私が代わるから」
そう言う明華の言葉に押し出されてつなぎ姿のキーラは白く輝く髪をなびかせて歩いてきた。
「もう!シャムったら何のつもり?」
「いいじゃん、行こう!」
そう言うと熊太郎を先頭に歩き始めた。北兼台地に拠点を構えた共和軍は基地の拡大を続けているという話がいくつかの情報チャンネルからクリスにも届いていた。クリスは何度か素人の意見と限定した上でいっこうに動く気配を見せない嵯峨に問いかけたこともある。
「まあ、あちらにも事情があるんでしょ?それに今は動くのはねえ」
嵯峨の言葉はいつもこれだった。そんな仕事のことを思っているクリスを知ってか知らずか、シャムはそのまま元気良く焼畑の跡地と思われる高山植物の群生地までやってくる。
「平和ですねえ」
クリスは笑顔を浮かべて蝶と戯れているシャムを眺めていた。
「そうですね」
少し照れながらクリスの座っている岩の隣にキーラが腰をかけた。空は青空、高地らしく空気が澄んでいる。
「そう言えば許中尉は元気になったみたいですね」
クリスは思い出した。柴崎が後方の病院に移送される時、明華は一人、格納庫の片隅で泣いていたとシャムから聞かされていた。
「あんまりそんなこと部隊では言わない方が良いですよ。班長は公私混同は嫌いですから」
シャムはようやく蝶を追うのに飽きて花を摘み始めた。赤い花、青い花、黄色い花。空には鳥がさえずり、時折この山に住むというヘラジカの雄叫びが聞こえる。
「まるで戦争なんて起きていないみたいですね」
クリスはそう言った。キーラはその言葉に頷きながら、山々に視線を飛ばしていた。