従軍記者の日記 53
次の朝からクリスはこの取材の目的のために動き出した。それは兵士達へのインタビューだった。北兼軍閥。この内戦の勝敗を握り続けてきた中立軍閥が急に共和軍に牙を向けた事実はクリスには非常に不可解に見えた。それを引き起こしたのは嵯峨と言う理解できないカリスマだが、彼になぜついていくことを選んだのか。自分でできる限りの情報を集めてみたい。そう思いながらインタビューを続けた。
先の大戦では人民軍にとって嵯峨は徹底的な赤色ゲリラ掃討作戦を指示した敵である。彼が動いた作戦の残忍さは人民軍と距離をとっていた合衆国でさえ、非人道的な掃討作戦に抗議する声明を何度出したかわからない。そんな男の下で命を掛けて戦おうと言う兵士の生の声を拾いたい。それがこの取材の目的であった。しかしこの三日間で、クリスはいきなり肩透かしを食らうことになった。
北天の人民軍の取材の際には常に張り付いていた政治将校、そして周りに群れる尾行者の監視を感じながらの取材だった。しかしここではまるで自由に出会った兵士達の声を聞くことが出来た。政治将校である伊藤は、気を利かせて本部で事務仕事に専念していた。嵯峨は七輪でシャムから分けてもらった鹿の干し肉をあぶって酒を飲んでいるばかり。楠木は初日からトラックに弾薬や重火器を満載して北兼台地のゲリラ達に届ける作戦に従事していた。
クリスとハワードはただ手の空いた兵士達と話し、彼らがこの戦いになぜ参加するかを自由に聴くことが出来た。また、兵士達も緘口令のようなものは敷かれていないようで、それぞれ談笑しながら世間話でもするように話し続けた。
彼のインタビューを珍しそうに受ける兵士達誰もが戦争はまもなく終わるだろうと話した。北天包囲戦に敗れた共和軍の士気が低下していることは彼らも知っていたし、魔女機甲隊の西部戦域での勝利の報が入ってきた直後と言うこともあって、中には戦後のプランまで考えている兵士も居た。
しかしそんな彼らとの取材が一時停止することがよくあった。
それはシャムと熊太郎の闖入である。まるで人見知りせずにじゃれ付いてくるシャムと熊太郎は、すぐに部隊の人気者になった。彼女はほとんど読み書きが出来ないこともあって、胡州浪人の士官の一人がなぜか持っていたジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の日本語版を与えて、一行目を何秒で読むかという競争をして遊んでいた。
今日もまた、補給隊の運転手の一等兵が延々と語る猫の飼い方の講義を聴いているところにシャムが現れた。
「クリス。大変だねお仕事」
シャムはそう言うとそのままトレーラーの助手席に上がりこんでくる。彼女の取っておきのやわらかそうな黒に赤と白の刺繍のマントの民族衣装が目に飛び込んでくる。
「わかったよ。旦那、シャムと遊んでやってくださいよ。俺の餓鬼もこのくらいの年でね」
兵士はそう言うと運転席で昼寝をしようと足をハンドルの上に乗せた。仕方なく降り立ったクリスは不思議そうに彼を見つめるシャムと遊ぶことにした。