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従軍記者の日記 5

「ずいぶん長いトンネルですね」 

 沈黙にたまりかねたクリスの声に伊藤は頷く。その表情を見たあと、クリスはそのままナトリュウム灯の光の中、じっと周りの気配を探っていた。そしてクリスはあることに気づいた。

 すれ違う車が少ない。あまりにも少ないと言うことだった。嵯峨惟基中佐に率いられた北兼軍団は現在、北兼州南部に広がる北兼台地と西部と西モスレムとの境界線に展開しているはずだった。西モスレムとの複雑に入り組んだ国境は山岳地帯であり、その地の確保を狙う共和軍とアメリカ軍の合同軍と対峙しているはずだった。

 先の大戦で皇帝ムジャンタ・バスバを追放したガルシア・ゴンザレス大統領貴下の共和軍は遼南北部で遼北人民共和国の支援を受けた北都の人民軍の拠点北天攻略に失敗し、北兼山脈を越えて敗走していた。これに危機感を抱いたアメリカ軍は出兵を決断、在遼州アメリカ軍を出動させ孤立した共和軍部隊の救助に向かうと同時に人民軍や北兼軍閥、さらに北兼軍閥とともに人民軍側での参戦を決めた東海州の花山院軍閥に対する攻撃を開始していた。そのような状態で物資はいくらあっても足りないはず、クリスはそう思ってすれ違う車を待った。

 遼南の分裂状況とアメリカなどの地球軍の介入に危機感を抱いていたこの崑崙大陸の東に浮かぶ大国東和共和国は、遼南上空における人道目的を除くすべての航空機の使用に関して実力行使を行うとの宣言を出していた。この声明が出された直後、東和の決断など口先だけだと飛ばした輸送機を撃墜されて以降、東和の介入を恐れた共和軍は物資の多くを北兼山脈の北側、人民軍の勢力圏に放棄しなければならなかった。

 その事実を嵯峨は知っているはずである。遼北での大粛清を逃れてきた嵯峨の従妹、周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』と言う切り札的機動部隊を有しているとは言え、現在は物量の優位を生かすために物資を北天の人民軍本隊に依存するのが自然だとクリスは踏んでいた。

 だが物資を積んだトレーラーとすれ違うことは無かったひたすら車は猛スピードでトンネルの中を進んでいる。

「もうすぐ出口ですよ」 

 そう伊藤に言わせたくらい、この沈黙は重苦しいものだった。この前線に向かう旅の間、クリスには質問したいことが次々と出来ていた。伊藤は多くを答えてくれるが、逆にその回答の正確さにこれまで情報統制の戦場ばかりを経験してきたクリスには違和感ばかりが先にたった。

「そう言えば、ほとんど車が通っていないようだが……」 

 我慢しきれなくなったクリスがそう語りかける。伊藤は再びクリスの顔を一瞥する。かすかに小さく光り輝く点が視界に入った時、ようやく伊藤は口を開いた。

「現在、北兼軍は西部ルートを通して物資の補給を行っています。それと遼北軍部の理解ある人々や遼州星系の企業、組織には我々を支援する勢力も存在します。北天の教条主義者に頼る必要は無いんですよ。まあ戦争では何か起きるか分かりませんからこうしてルートの確保だけはしていますがね」 

 丁寧な言葉だが、最後の一言に伊藤は力を込めた。最近、遼北への訪問を繰り返す人民政府高官の動きはクリスもつかんでいた。遼南人民政府ダワイラ代表が病床にあると言う噂も耳にしていた。そしてこれまでの伊藤の言葉の端からクリスはそれが事実であるという確信を得ていた。

 共和軍の北天包囲作戦発動まで中立を守っていた北兼軍閥の突然の参戦。独自の補給路を確保し、人民政府に揺さぶりをかけようとするその姿勢は嵯峨と言う男が優れた軍政家であることと何かしらの野心を持っていることを示しているように見えた。

 視界の中の光が次第に強さを増し、次の瞬間には緑色の跳ね返る森の中に車は入り込んでいた。

「まるで別世界だな。さっきまでが地獄ならこちらは天国だ」 

 再びカメラを外の風景に向けるハワード。確かにトンネルまでのあちこちに放棄された先頭車両や輸送用ホバーの群れを見てきた彼らにとって森の緑と涼しい風は天国を思わせるものだった。

 遼南中部から広がる湿地帯を北上してきた湿った空気が北兼の山々にぶつかりこの緑の森を潤す。自然の恵みがどこまでも続く針葉樹の森とはるか山々に見える万年雪を作り上げた。その事実にクリスは言葉を失っていた。

 

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